前書(必ずお読みください):このSSは原作の設定とは違い、オリジナルの要素が含まれています。

そういうものが嫌いな方、許せない方はこれ以上読み進めないことをお勧めします。

それでも良いという方だけ先にお進み下さい。

 

 

 

 

 

 

-HiME〜運命の断罪者〜

3th Step 炎の舞/星の誓い/はやすぎる露見

 

苦しい。

くるしい。

クルシイ。

だんだんと思考が虚ろになってゆく。

そんな状態でも走り続ける自分。

走っている理由も思い出せない。

自分はなぜ走っているのだ?

矛盾を感じる。でも走らなければならない。

何かが追ってくる。

鴇羽巧海は、何者からか逃げていた。

自分で何か確認したわけではない。だが気配は感じる。

追ってくる悪意の塊が。

巧海は走る。だが限界だ。

意思が前に進もうとしているのに身体がついてきてはくれない。

ココは何処だ?

巧海にはそんな考えさえ浮かんでこない。

自らのへたり込む場所から、半径30メートル以内に広がる岩肌。

自らの目の前に収束する追跡者であった影。

ソレが二つ。

影は形を変え真実の姿を現す。

それぞれ異なった形状、全長4メートルの異形の怪物。オーファン。

だがそんなもの彼の眼には入らない。

吸い込まれていく。

巧海の意識は吸い込まれていく。

こうなってしまってはどうしようもない。

苦しみを嫌がる巧海の心は一瞬でも痛みを和らげてくれるソレに逆らおうとしない。

オーファンは攻撃的意思を目の前いる巧海に向ける。

彼らに捕食という性質はない。

彼らが求めるものはHiMEの持つ心の力。

オーファンは巧海からそれを感じていたのだ。

巧海の姉である、舞衣はHiME。

心の力の波長。

その残り香をオーファンは巧海から感じ取った。

欲しい。

どんなに僅かな心の力でも。

欲しい。

それが彼らの絶対的な欲求だから。たとえ巧海の肉体をぐちゃぐちゃに壊したとしても。

其の肉体が死に体と化してとしても。

手に入れる。

迷いはない。行動に移す。

その瞬間。

「巧海!!!!」

洞穴内に駆け込んでくる声。

そして、モーター音。

五月蠅いまでにシャープな排気音。

蒼き軌跡をえがきオーファンたちを氷の弾丸が貫く。

その弾丸の発射源には一台のバイクに跨った二人の少女。

前方に座り自らのエレメントである銃を構える玖我なつきと

其の後ろに座る鴇羽舞衣。

なつきはオーファンたちを見やる。

だが弾丸が其の身に着弾したにも関わらずオーファンたちはそれを歯牙にも掛けていない。

そして、舞衣の瞳は見開かれる。

舞衣の瞳に映るのは地に其の身をあずける、弟の姿。

巧海の身体は微動だにもせず停止している。

バイクを降り、舞衣は駆け出す。

巧海のもとへ!

地面を蹴る。

何より早く巧海のもとへ!!

頭の中がその事だけでいっぱいになっている。

まるで周りが見えていない。

「あのバカ、まだ目覚めてもいないくせに・・・。」

なつきはオーファンの目の前に飛び出す舞衣に向かって苦言を吐く。

まだHiMEとして目覚めていない舞衣は、オーファンに対してなんの防御手段も持たない。

なつきにしてみれば舞衣の行動はただの自殺行為。

見かねてなつきは銃口を二体のオーファンに向ける。

再び放たれる氷の弾丸。

着弾。

それによりオーファンの意識はなつきに向かう。

やはり、なつきの攻撃はオーファンにそれほどダメージを与えているとは思えない。

その間、舞衣は巧海に駆け寄り膝を付くと背中に腕を回し上半身を起こす。

そこで舞衣は安堵した。

大丈夫、脈もあるし息もしている。

巧海は無事だ、とりあえず今は・・・。

だが安心したのも束の間、迷い児たちは待ってはくれない。

なつきは必死に攻撃をオーファンに向け加えるが、

二体の内一体のオーファンはなつきの銃弾の雨をものとせず掻い潜り、舞衣と巧海に襲い掛かる。

毒々しい色をしたオーファンの巨大な腕。 

迫る凶爪。

私は守るんだ。

振り上げられた凶爪を前に舞衣の思考は巡る。

何時もそうしてきたように。

私は守るんだ。

この子を、私の弟を、巧海を。

舞衣の強い決意と共に彼女の周りに朱色の光が発生する。

彼女は気付いていただろうか布地の下で輝いた自らの刻印に。

光と共に大地から吹き上げる焔炎と絶対的熱量。

炎が舞衣を守るように覆い囲む

其れは巧海も同様だ。

あらゆるものを灰燼に帰す熱量。

其れを有した炎に触れそうになり、オーファンは凶爪を止め舞衣から距離をとる。

近づく事ができないのだ

凶悪までのエネルギーを秘めた炎。

だが炎は、舞衣と巧海を決して傷つけることはない。

焔炎は天高く、天高く突き上げていく。

まるで沈んだはずの太陽が夜の空に舞い戻ったかのように。

空を朱色に、紅く紅く染め上げる。

其れはまさに神話の再現を思わせる幻想的な光景。

何人の人々がこの様子を見ているのだろうか?

この鴇羽舞衣というHiMEの覚醒の瞬間を。

焔炎は流れ収束し、やがて輪となり舞衣の両手首、両足首に留まる。

そして其れは具現する。

三つの勾玉を備えた金の輪。

金輪。

ふと舞衣は自らを襲う有り得ない現象に直面する。

浮いている。

そう浮いているのだ、自らの体が。

宙に。

何なのコレ?

舞衣の思考は混乱の絶頂にあった。

この非常識極まりない自分の現状をみて混乱するなと言うほうが無理な話だ。

だが神は彼女に考える時間も与えてくれないらしい。

業を煮やしたのか。

オーファンは舞衣へと襲いかかかる。

迫るのは先程と同じ凶爪。

舞衣は咄嗟に両腕で顔の前面を庇う。

だが其の爪は舞衣には届かない。

先程までの舞衣ならば爪の餌食になっていただろう。

だが今は違う。

唐突に展開され、ソレはオーファンの攻撃を遮る。

炎の盾。

先日。

フェリーでなつきの攻撃を遮ったモノより強固なソレは舞衣を守り、オーファンの巨体を弾き飛ばした。

舞衣は両手首の金輪が纏った炎を見る。

「あれ?熱くない?」

当然の疑問だ。

舞衣と手首の炎の距離は触れていると言っても過言ではない。

常人ならば大火傷を負っても可笑しくないのだ。

其れなのになぜ?

「落ち着きなよ、舞衣ちゃん。それはエレメント、HiMEの力の証だよ。」

言葉が舞衣の後方から飛んできた。

こんな状況下にあると言うのにそんな事、露とも知らないと言った陽気な声。

舞衣は振り返る。

その声の主は大きな岩の上で、何時ものように片手にハードカバーの本を持ちながらこちらに笑いかけている。

「凪!!!」

もう一体のオーファンの相手をしながら、なつきは声の主の名を叫んだ。

憤怒の表情で。

「あなたはさっきの・・・。」

舞衣も凪に向けてそんな言葉を発するが

だが彼女には余所見をしている暇もなかった。

オーファンは今度こそ遮られまいと渾身の突進で舞衣に向けて襲い掛かる。

舞衣は避けようとするが事は不味い方向に運んでいた。

自らのすぐ後ろには気を失い地に伏せる巧海がいる。

「わわ!」

舞衣はシドロモドロに成りながら、まだ完全に制御できていないエレメントで宙を後方回転しながら舞うと、

巧海のズボンのベルトを掴み引っ張りあげる。

オーファンは止まらず、丁度巧海が気を失っていた地面の岩肌へと突っ込んだ。

岩の地面は粉々に砕け大穴があき、粉塵が巻き上がる。

舞衣の行動が少しでも遅れていたならば巧海の体がああなっていただろう。

「・・・・・・!これは驚いた、初めてにしてはやるじゃないか。」

そんな舞衣の回避行動に凪は感嘆の声を上げる。

この緊急時に目覚め、まだ理解してもいない能力を使う。

誰もがやってできることではない。

「ん?」

ふと凪は何者かの気配に気付き、洞窟内の上部を見上げる。

広がる視界。

そこには夜空が広がっている。

それは当たり前だ。

この洞窟には天井というものが存在しないのだから。

意図的にそれとも天然であるからか、裂けた岩肌の天井。

あの上には裏山が広がっている。

そして、そこから誰かがやってくる。

誰か?そんなこと分りきっているではない。

白髪をたなびかせ凪はにやりと笑う。

「さあ、今夜の覚醒の儀は盛大だ。

歓迎しよう、傀儡のHiME。

そして祭を妨害せんとする・・・・・・反逆者。翡翠の君よ!!!」

凪のその言葉と共に裂けた天井から二つの影が降ってくる。

一人は翡翠色の能面で顔を覆い。

一人は黒い大剣をその手に掲げていた。

 

 

 

二つの影。

恭也と命の体は宙を舞い、岩の地面へと着地する。

そして、目標に向けそれぞれ反対側に駆けた。

命は舞衣が相手をしているオーファンに向けて、

恭也はなつきが相手をしているオーファンに向けて。

ほぼ同時といっていいスピードでオーファンとの距離を詰める。

「はああああああ――」

命は舞衣を背にかばう様に自らの数倍はあろうかという巨体の前に立つと、

気合と共に横凪に黒い大剣を振るった。

生物を切る感触が刃を通じ柄へ、命の手に伝わってくる。

命はそれを気にも留めない。

絶対的な破壊力を持つその一撃はオーファンの肉体を横に真二つに切り裂く。

二つの肉塊と化したオーファンは否応なしに沈黙した。

恭也もまた八景を両の手に構えオーファンに向けて疾走する。

彼が岩地を蹴ると同時にその地面に粉塵が巻き起こる

一瞬での爆発的な速度での加速。

恭也はその数瞬でオーファンの懐へと入り込む。

常人ではありえるはずの無い運動能力。

エレメントの違いで個人差があるが高次物質化能力を得たものへの副産物である。

翡翠色の刀身が淡く光る。

恭也は八景のエレメントの能力を開放する。

光は幾重もの帯となり揺ら揺らと風に吹かれているかのように揺れる。

そして聞こえてくる。

何処までも静かな音の波長が

恭也は光の帯で覆われた両の小太刀を十字にクロスさせるとオーファンへと放つ。

無言の闘気、

力強い踏み込みと共に、自らが持つ中で最強の破壊力を持った技を。

御神流奥義之肆 雷徹

静かに奏でられていた音は深緑の光とともに収束し不協和音となる。

その凝縮した音と雷徹の衝撃はオーファンの体に十字の大穴を開け、洞窟の端へと吹き飛ばした。

オーファンの巨体が洞窟の中の風を裂き、大きな衝撃のエネルギーを保ったまま、そのまま端の岩壁にぶつかり、めり込む。

岩壁が砕け、それによって生み出された幾十の岩は幾百の石となり、石は幾千幾万の砂となる。

それが粉塵となり洞窟内の大気を汚す。

今、恭也が行った技法。

これは言わばエレメントの能力と御神流の奥義の合成。

なつきのエレメントは“氷”。

舞衣のエレメントは“炎”というように個の属性を持つエレメントは少なくない。

そして恭也のエレメント、八景が司るのは“音”。

森羅万象の中で人に愛され、時に忌み嫌われるモノ。固有の形態を持たず、視認することの出来ない曖昧なモノ。

だが時に人に活力を与えるそんなモノ。

そして今のように時に凶器となるモノ。

一時騒然となる洞窟内に八景からはそんな静かなる音の旋律が止まず流れ続けていた。

 

 

 

「舞衣!!」

「・・・命。」

「舞衣もHiMEだったんだな。」

まだ濁った大気が張れない洞窟の中で命が後ろを振り向くと舞衣に向けて第一声を発する。

この殺伐とした状況に余りにも似合わないその明るい表情。

これが命の無邪気さということか。

「あのコレは手違いで・・・。」

困った顔で手首に付いた金輪を見を見る舞衣。

彼女はまだ現状を把握し切れていなかった。

ひとつ、ひとつのことは頭では分っている。だがその全てが真実味を帯びていないのだ。

「おおっ。それはテチガイというのか、之はミロクだ。」

そんな舞衣に対して大剣、ミロクを見せながら見当違いの言葉を発する命。

「いや・・・・・・そうじゃなくて。」

未だに目を覚ます気配の無い巧海を自らの腕の中にかばいながらさらに困った表情を浮かべる舞衣。

この状況下でココまでくるとなんとも微笑ましい。

「お前達!!!」

なつきはやや距離の開いたところにいる舞衣たちと恭也へ声を荒げながら叫ぶ。

その脇には先ほど、戦闘中に呼び出されたなつきのチャイルド、デュランが周りに絶えず警戒の眼を向けている。

「そこまでにしておくんだ。深入りするなと言っているだろ!!」

余りにも暴虐的なその言葉。

なつきからしてみれば『余り危険なことに首を突っ込むな』と言う優しさなのだろうが。

この状況で、それも初対面に近い相手にはそうはとられない。

それに命はあのフェリーの事件の時からなつきを敵と認識しているため。

そんな言葉は通じない。

カチャっという命がミロクの柄を握り締める音があたりに小さく響く。

瞳もギラギラと敵意の光で輝く。

命の眼は既に戦闘体制に入っていた。

「ダメよ。」

そんな命を見て慌てて静止の言葉をかける舞衣。

だが命がコレで止まるかどうかは現時点では分らない。

「そうそうふたりとも、其れ(・・)はまだはやいよ。」

今にも衝突しそうな命となつきを見て凪は静止の言葉をかける。

意味ありげな凪の言葉。

この言葉の真意がわかったのは此処にいる中で恭也だけだったに違いない。

其のときだ。

聞こえてきたのは。

みしみしと骨が軋むようなそんな音が。

先ほど命が倒したはずのオーファンの肉塊から。

それは先ほど斬り飛ばしたオーファンの上半身。

動いている。

体内の筋肉を躍動させて。

倒してなどいなかったのだ、ただ動いていなかっただけ。

オーファンの上半部はその幾数もある腕を動かし、

天高く、跳ね飛んだ。

空中で回転しその身を球体と化す。

そしてそのまま落ちてくる。

空中でその軌道を変えながら、

漂着点は。

なつきとデュランが立つその直下。

それに逸早く気付いたなつきはデュランと共にその場から飛びすさる。

そして粉塵と共にその球体は着地する。

粉塵はすぐさま晴れた。

だがそこに存在したのは先ほどのものとはまるで違う異形。

まるで足など要らないと言うように。

先ほどまで足があった箇所はまるで蛇のように這いまわるのに適した器官となり。

無数に存在していた腕が二本となっている。

その二本の腕は先のモノと比べようが無いほど太く頑強だ。

そしてその頭部は肉食の爬虫類のモノへと変化している。

「はああああ―――」

命は突然復活した敵に迷うことなく突進していく。

その手のミロクは地表の岩肌と接触し、火の花を咲かせる。

突進に使用した運動エネルギーも一緒に乗せ大きく振りかぶる。

だが届かない。

その一撃はオーファンの巨大な腕によって阻まれ、

オーファンはミロクごと命を放り投げる。

恭也は能面越しに其れ見て自らも加勢しようと歩み出る。

だが――――。

「ダメだよ―――君には別に用事があるんだから。」

恭也は自らの眼をうたがった。

馬鹿な。

凪の声がすぐ傍から聞こえてきた。

そして、自らと交差するように横には炎凪がいた。

恭也は凪にも警戒網を敷き随時気配を掴んでいた。

それなのに。

恭也が思考を巡らしたその時間。

それはわずかな時間だった。

だがその刹那に、余りにも唐突に、恭也の立っていた地面が爆発した。

恭也は飛び退こうとするが、それは物理的な力によって阻止される。

自らの直下に恭也は視界を向ける。

今起きている事象。

この事態を誰もがこう表現するだろう。

『地面から()()生えて(・・・)いる(・・)

そしてその巨大な一本の腕は同じく巨大な掌で恭也の身を掴み回避行動を不可能にしたのだ。

巨大な腕の主は岩で出来た地表を裂き地上へと現れる。

その異形は。

先ほど恭也が大穴を空け、倒したと思って(・・・)いた(・・)オーファンのそれに見えた。

自らの見逃しで窮地に追い込まれるとはなんとも情けない。

恭也は掌によって締上げられる痛みに耐えながら冷静にオーファンの方に視線を向ける。

恭也が与えたはずの致命傷とも言える風穴は綺麗に塞がり、

その身はさらに異形に変わっている。

背中からは何十もの触手が生え、

一本一本が別の生き物であるかのように蠢いている。

そして、その肩には不気味なほどの笑いを浮かべる凪の姿。

「本当はさ、もう少し君には正体不明のHiMEでいてもらう予定だったんだけどね。

だけどこの前、君がいろいろと潰してくれちゃったせいで段取りを修正しなきゃいけなくなっちゃって。」

いろいろ。

確かに恭也は凪や一番地の妨害工作をこの学園に来てから二年間。

飽きるほどやってきた。

だが『この前と』いう単語が付くということは、

恭也が疲労を溜め込む原因となったアレのことだろう。

「あれは自業自得だろう。そもそも一番地があんな偽情報を流すほうが悪い。」

飛んだ逆恨みだと恭也は付け加える。

アレは偽情報(エサ)をばら撒き、獲物を待っていた狩人が鼠と思って捕まえようとしたら、相手が獅子であったというもの。

狩人を噛み殺した獅子の言い分で言わせてもらうなら。

狩る意思があるならば逆に狩られる覚悟もしておけ。

「そうなんだけどね。老人たちは君の事をよほど脅威と思ったらしい。僕的にも君をこれ以上野放ししとく訳にもいかなくなったんだよ。

特に君のあのチャイルドの力を見せられちゃあね。」

半壊する建物。

逃げ惑う老人たち。

銃弾など近代兵器で武装したものをまったく歯牙にもかけない。

あの存在感。

深夜の闇に佇む深緑巨躯の獅子と漆黒の衣服と翡翠色の能面で身を包むその主。

「だからさ。ちょっと早いけど君にはその面、はずしてもらうよ。恭也(・・)君。」

その言葉に一瞬驚くが。

万力のように締上げるオーファンの力に恭也は逃げることが出来ない上、

数本触手が一瞬で能面に覆われた頭部に巻き付き、体と同じようにギュウギュウと締上げていく。

「ぐう・・・うう」

全身への痛みに加え、ミシミシと軋む音が耳に届く。

能面の発する悲鳴。

この大獅子の能楽面は特注品でちょっとやそっとでは壊れたりしない。

だがどんな頑丈に作られているといっても所詮は木製。

オーファンの怪力の前に見る見るうち罅が入っていく。

「・・・カ・グラ。」

そして、恭也はこの状況を打開すべく自らの半身を呼ぶが。

召喚に応じた証として

緑の光が恭也とオーファンの周囲一面に現れたときはもう遅く、

小さな破砕音と共に能面は粉々に砕けその寿命は尽きた。

 

 

 

「デュラン、ロードクロームカートリッジ!!」

銀狼は主であるなつきの命令に忠実に従い。

貫通性と爆発性を併せ持った、弾丸を自らが背負う砲門に装填する。

目標は先ほど蘇えったオーファンの上半部。

「撃てっ!!!」

マズルフラッシュと共に二つの弾丸が放たれ、

それる事無く、オーファンの肉体を打ち抜く。

オーファンには穴が開き、奇怪な色の体液が飛び散り、よろめく。

だが倒れない。

獲物を求めるかのように動くことをやめない。

さながらアンデットのように。

「しぶとい!!」

なつきは苦虫を噛み潰したかのように叫ぶ。

だが相手の動きは鈍くなった。

なつきは此処で改めて周囲に目を配る。

すると自らの斜め後方。

巨躯のオーファンの掌によって締上げられている能面のHiMEの姿が眼に入る。

「アイツ!」

なつきは叱咤の声を上げ、

能面のHiMEの元へ走る。

先ほどまで相手をしていたオーファンはあの命という少女が相手をしている。

正直心配なところもあるが大丈夫だろう。

そんなことより。

なつきの思考は能面の救援のために動いていた。

彼女はコレまで何度かあの能面のHiMEに遭遇したことがあった。

そして決まって、自ら窮地に陥ったとき助けられた。

顔は能面で隠しており分らない。

ヤマダにも調べてもらったが、詳細な情報は全くあがってこなかった。

唯今までの行動で分った事は一番地と敵対している、その一点だけ。

フェリーのときは敵側にまわったものかと思ったが最終的には自らの道化に終わった。

あそこに能面がいたということは何かしら意味があったのだろう。

だが自分としては借りの作りっぱなしも癪である。

ならば今この場がそれを返す。

デュランを引きつれ、自ら巨躯のオーファンへと攻撃を加えるためエレメントを構えるなつき。

だがその行動は無駄に終わる。

能面のHiMEを中心に広がるは深緑の光。

なつき一瞬、その光に見惚れる。

耳に届く小さな破砕音

そして、それは唐突に現れる。

全高十メートルはあるのではないかという巨大な翼を持った獅子。

チャイルド。

HiMEたちによって生み出された異形の子。

その獅子から放たれたのか。

翡翠の光が軌跡を描き、まるで鞭のように撓り、能面のHiMEを捕らえていた腕を手首から切断する。

触手もまた同義。

オーファンは苦痛のため咆哮を上げるがそんな事は獅子には知ったことでは無い。

獅子は自らの半身を助けるため、攻撃は繰りだされる。

獅子の翼の下部から伸びる光。

その正体は翡翠の羽根で紡がれた鞭刀。

それによって触手は次々と切断される。

そして切断された掌と触手が光となって消え、

そしてあらわになる。

落下するのは触手という戒めを無くしたことによって留めるものが無くなった。

バラバラに崩れる無残な姿の能面。

そしてその顔は深緑の光の下、晒された。

そして、丁度真正面に位置する所で立ちつくしていたなつきは見てしまう。

浮かべるのは驚愕の表情。

「・・・た・・か・ま・ち・きょ・う・・や」

彼女の口から出るその者の名。

なつきは思いもしなかった素顔。

濃い黒髪に整った顔立ち。

凛とした表情。

それは風華学園のものならば誰もが知っている人物だった。

 

 

 

まずったな。

それが、恭也が視界に広がるモノを見たときの感想。

まさか、蝕が始まる前に自らの顔を晒すことになるとは。

予定外も良いところだ。

目の前に立ち尽くす少女。

玖我なつきに顔が割れた以上何かと監視されるだろう。

これでは学園内を自由に動けなくなる。

さらに凪の言ったことを鵜呑みにするなら一番地にも恭也の顔が知られていることになる。

すでに命にはばれている。

鴇羽舞衣にもばれるのは最早時間の問題だ。

正直かなりやり難い。

それより何より今問題なのは――――。

「絶対に、怒られるな・・・あの二人に―――。」

生徒会の頂点に立つ自らの親友(悪友)と同じくこの学園の頂点に立つ理事長殿。

笑顔でも眼が笑っていない。

そんな表情で怒られるのだ、自分が。

「おい!!」

恭也が少し自分の世界にトリップしている中、

蚊帳の外に追いやられた、なつきが叫ぶ。

「高町恭也。お前は高町恭也なのか?」

まるで確認するかのように恭也に向かって尋ねる。

本当にお前は自分の知る、高町恭也なのか?っと。

「玖我、お前とは何度も面識があるはずだぞ。

話したことも一度や二度ではないだろう。

それなのに顔を忘れるとは薄情な奴だな。

それに、こんな顔の人物が何人もいたら怖いだろうに。」

恭也は自嘲気味の微笑みを浮かべ答えを返す。

恭也の中ではもう開き直ることが決定されたようだ。

そんな恭也を見てなつきは完全な確証を持つ。

この男は自分の知る高町恭也本人だということを。

自分の親友の藤乃静留の親友であり。

生徒たちや教員たちか強い信任を得ている風華学園の執行部長(暴走副部長のストッパー)

その整った容姿にも関わらず自分のことを『ただの目付きの悪い男』と思っている学園一の鈍感。

「そうか・・・ならば言うことは一つだ!!!」

声を荒げながら、なつきは自らのエレメントの銃口を恭也に向ける。

デュランもまた戦闘体勢に入り、恭也を威嚇する。

「さっさとこの場から去れ!!これ以上深入りしても良い事等無い。」

先ほどと同じ声量で放たれるその言葉。

これはなつきなりの優しさだ。

これ以上深入りすればするほど、その危険は増していく。

そうすれば、この男は傷付くかもしれない。

そうすれば、静留もこの男の肉親も悲しむだろう。

だから―――。

だが、その『深入りするな』という言葉は恭也にとって何の意味もなさない。

恭也はもう一番(・・)深い(・・)ところ(・・・)にいるのだから。

「―――カグラ。」

恭也の声は突然発せられる。

それは恭也のすぐ後ろに佇む深緑の獅子に向けて。

獅子は動く。

その巨体を動かし咆哮をあげる。

なつきは自らに攻撃が来るのと思い。

デュランと共に戦闘行動に移ろうと慌てる、

が――、それは杞憂に終わる。

カグラはなつきの上を悠々と飛び越えていく。

そして、牙を向けたのは。

先ほどカグラの攻撃によって片手を失ったオーファン。

オーファンは此方が関心を向けてないことをいい事に。

なつきの背後に忍び寄り、攻撃を加えようとしたのだ。

デュランも恭也に意識を向けていた為、気付かなかった。

カグラはその巨体を活かしオーファンを突進で岩壁まで吹き飛ばす。

そしてそのまま、視線を外すことなく瓦礫に半分埋まった、オーファンを注意深く見つめる。

その体毛と同色の双眸で

なつきはその様子振り返りながら見ると、自らの迂闊を呪う。

また、助けられた。

そう助けられたのだ。

借りも返せないまま、また借りを作ってしまった。

「少しは周りに気を向けろ。

一つのことに眼を向けすぎるのは玖我、お前の悪い癖だ。」

まるで教師が教え子に注意するように恭也はなつきに向かって諭す。

その言葉によって、

言い表しようの無い怒りがなつきを包む。

そんなこと余計なお世話だ。

それよりなぜ――

「お前は何だ!なぜ私を助ける!私は頼んでなどいない!!」

頼んでいない。

私は、誰かに守ってもらおうなどと思わない。

一人で生きていく。

これまでもそうしてきたように。

これからも。

そんな私をお前はどんな理由で助けようとするのだ。

そんな思いの篭った視線を言葉と共に恭也にぶつけるなつき

「気にするな、助けたのはただの自己満足だ。

それに、お前に怪我をされては静留に合わせる顔が無いからな。」

恭也はなつきの視線にも圧されず、ゆっくりと答えを返す。

本当ならば静留に頼まれたからというのもあるのだ。

だがそれは言えない約束になっている。

それに、恭也自身知り合いが傷つく所を見たくない。

だが、なつきはその言葉を聞いても納得できないのかさらに何か言い返そうとする。

次の瞬間、

「キャッ――――――」

洞窟内に、悲鳴が響いた。

何かの衝撃に驚いたようなその甲高い声。

恭也となつきはその音源に慌てて視線を向けると

そこには鴇羽舞衣がいた。

自らの弟を庇う様に炎の盾を展開しながら、

オーファンと岩壁の板挟みになっている。

オーファンはその形状は変化しているが、先ほど命が切り飛ばしたオーファンの下半身に相違なかった。

思わぬ伏兵の存在。

なつきは助けに入ろうと走り出そうとする。

だがそれは起こった。

なつきの目の前も地面が爆発しそこに巨体が現れる。

それは先ほどカグラが吹き飛ばしたはずのオーファン。

カグラが見張っていたはずがなぜ?

恭也は疑問に思い。

さきほどオーファン吹き飛んでいった岩壁へと視線を向ける。

だがそこには確かにそのオーファンは存在していた。

瓦礫の山から身を起こし此方に加速して突っ込んでくる。

恭也は逡巡する。

分裂した?

いや違う、最初から二体(・・)いたのだ。

そう考えればあの回復力も納得がいく。

その証拠に地面から現れたオーファンには恭也が初撃でつけた大穴が開いていた。

少しは再生しているようだがあのような大きな傷そうそう塞がるものではない。

コレも凪の差し金か。

「チッ、こうなっては仕方が無い。後できっちり聞かせてもらうからな。」

そう言い捨てると、

なつきは先程の事から頭を切り替え、デュランと共に目の前のオーファンに向かう。

恭也もまたその言葉を聞くと、接近してくるもう一体のオーファンへと向かう。

一瞬のこと。

恭也は視界に命と舞衣を捉える。

命はデュランの手によって手傷を負ったオーファンに対し善戦している。

ミロクを振りかぶり其れをオーファンの身に叩きつけて。

そして今回、何より注目しなければいけない人物。

鴇羽舞衣。

彼女に状況の好転は見られない。

あのままでは押し切られるのは時間の問題だ。

だがあのエレメント。

最早、疑いようが無い。

アレはあの“児”の主である証だ。

ココに封印されているあの火竜の。

「――カグラ、早めに決着をつけるぞ。このままでは巻き込まれる。」

恭也は深緑の獅子に指示を飛ばす。

獅子もまた其れに答え動き出す。

封印は解ける。

いや、解くだろう彼女は、鴇羽舞衣は。

自らの大切な弟を守るために。

だがそれだけではあの火竜は御し得ない。

本当の意味での“覚悟”をしていない彼女には。

暴走する。

全てを無に、灰燼と帰す炎の力が。

そして、鴇羽舞衣はその強大な力でこの戦いの中心となるだろう。

300年前、“彼女”がそうであったように。

カグラはその巨体で舞を踊る。

戦場には不釣合いなほどの旋律をその身で奏でながら。

カグラの持つ計四本の鞭刀が振り乱れる。

其れは幾重もの翡翠色の光刃となりオーファンを絡めとる。

寸断する。

バラバラに。

幾数もの肉塊と化したオーファンは光になり消えていく。

カグラの装飾に風が通り鎮魂の曲が流れる。

恭也は願った。

迷える異児よ、前世こそ幸せにあれと。

 

 

 

其れは突然だった。

今まで微動だにしなかったオーファンの下半身が動き出し。

舞衣を襲ったのだ。

「この・・・化け物。」

舞衣は炎の盾を展開するが、

じりじりと押され岩壁を背後に背負う形になってしまう。

オーファンの尾が変化してうまれた口からは溶解液がたれ、

それが盾に当たりジュウジュウと嫌な音を立てる。

すぐ傍に気を失った巧海の姿。

「巧海!!」

舞衣の思考は巡る。

なぜ?

「約束したの―――」

私は巧海を守らなければいけないの。

私が守ってあげなければいけないのに。

それなのに、どうして私にはこんなに力が無いの――!!

「――私は!!!」

無言の叫びだった。

自分以外の誰にも届かない叫び。

だがその届かない叫びを聞くものがいた。

そのものは力を振るう。

なんびとも触れさせはしないと、我が主には。

不可視の力が現れる、そして、遠ざけた。

 

 

 

「えっ――。」

舞衣は驚く。

今にも自らが張った盾を破らんというところだったのに。

オーファン何かに押し戻されたのだ。

見えない何かに。

舞衣何が起きたのか分らず戸惑いの表情をうかべる。

「舞衣ちゃん、後ろを見てごらん。」

それに助け舟を出す声。

いつの間にその位置に戻ったのか白髪の怪児、炎凪がそこにいた。

舞衣は凪に言われるがままに、後ろに振り向く。

そこには岩肌が広がっている。

だが明らかに他のところとは違う。

壁画?

紅の柄の両刃剣。

その剣は確かに岩肌に突き刺さっている。

何かをそこに留めるように。

その下。

そこだけに何かの模様が描かれている。

抽象的で何か生物の(まなこ)に見える。

そして其れは光を帯びていた。

「ぶっちゃけ言っちゃうと、その()はずっとそこで君を守ってた。」

凪は立ち上がり舞衣に向かって告げる。

「えっ。」

舞衣は再び凪に視線を移す。

守っていた?

いったい何が?

舞衣の逡巡をよそに凪は話を進める。

「カグツチ。まさか、その児が君のチャイルドだったとはね。」

凪は封印されているモノの名を告げる。

舞衣のエレメントを見たときから凪も、もしやとは思っていた。

確信に至ったのは今この状況を見てだが。

凪のその言葉を聞いて舞衣はハっと何かを思い出す。

「私、知ってる。」

あのフェリー。

沈み行く船と共に海中に落ちた自分と命を助けた黄金の影。

「あの時――」

あれが――この児。

「そう、チャイルドはHiMEの守り神。

さあ選んで、その児を受け入れるかどうかを、カグツチと一緒に戦うか否かを・・・。

舞衣ちゃん、いや舞‐HiME。」

凪の口から次々と紡ぎだされる言葉。

その言葉は舞衣自身の覚悟を問うもの。

戦いの舞台に上がるか否かを。

「ヤメロ!!!」

遠い距離からの罵声。

「おっと。」

そして、凪の横を二発の氷の弾丸が掠める。

弾丸はなつきが放ったものだ。

彼女はオーファンと戦いながらも必死に舞衣を止めようとする。

「そいつの口車にのるんじゃない!!」

これ以上、HiMEを増やすわけにはいかない。

それに彼女は知っているのだ。

何も知らないものがそのまま舞台に上がれば後悔することを。

「なっ――。」

なつきが視線を自らから外しているうちにとオーファンは攻撃を加えてくる。

驚きの声を上げながらなつきは後方に飛ぶ。

そのすぐ近くでは命と恭也が共に戦っていた。

いつの間にか上半身、下半身の二体のオーファンは連携を取っており。

それを二人が食い止める形となっている。

「・・・!!執行部長さん。」

舞衣は突然視界に入る恭也の存在と激化する戦いの様子に驚く。

恭也のことは服装から察しがついた。

あの能面を被っていた人が高町先輩だったなんて。

舞衣は頭の中で恭也の存在を再確認する。

だがこの戦闘。

このまま長引けば命たちだけでなく巧海にも危害が――。

なんとか打開しないと。

舞衣はそう思い。

岩壁の壁画に眼を向ける。

あなたにその力があるの?カグツチ?

「まあ、言うまでもない事だけど、戦うなら君は一番大事なモノを賭けなきゃならなくなる。」

凪の口からさらに言葉が紡がれる。

もし、あなたにそれだけの力があるのなら。

「私の命を賭けろって言うなら――賭けてやるわよ!!!」

舞衣の思いは決まった。

だが此の時、鴇羽舞衣は自らが賭けるもの、

『一番大切なモノ』の認識を誤ったことに気が付かなかった。

其れを聞き凪は心の中で卑猥な笑みを浮かべる。

身を預けていた岩から降りると最後の一言を付け足した。

「其れでこそ舞-HiME。封印の剣を抜いてね♪」

こうしてまた一つ自らの段取り通りに事が進んだことに喜びながら。

 

 

 

舞衣は空中を飛び封印の剣に手を添える。

「カグツチ!!!!!」

そして岩壁に接した足に力を入れ、引き抜く。

そこに封印された自らのチャイルドの名を叫びながら。

剣からは炎が上がり、燃えつき跡形も無く消える。

そして、剣の突き刺さっていた穴からは眩い光が溢れ出す。

闇を照らし殺し、

自らの存在を示すように。

岩壁が崩れ去る。

壁画があった部分には大きな門のような洞穴ができ、其れは起こった。

まるで火山の噴火を思わせるかのような炎の流れ。

大きな地鳴りが起こり、炎の全てがその洞穴から流れ出る。

月明かりなど惰弱だと言うかのように洞窟内を昼のように照らし出す。

全ての生命に等しく死を与えるだろうその朱炎。

これから見れば舞衣の覚醒の時の炎などほんお遊びだ。

洞窟内にいる全てのものがその様子に見とれていた。

人やオーファンを垣根無しに圧倒するその光景。

まるで生きたその身のままで神界に召されたような感覚。

それほど異様だった。

そして、現れる。

炎の主が。

竜。

太古の神話において多くに記述を残す存在。

火竜カグツチは、その姿を知らしめんと炎の中から顕現する。

その姿を目の当たりにした舞衣はその身に巧海を抱えながら目を丸くした。

「な、何コレ!!」

驚きの声を上げる舞衣。

当たり前か

この神話の存在が自らの守り神というのだから。

ゆっくりとカグツチは首を動かし、

その顔を主である舞衣の方に向ける。

舞衣は一瞬怯えるが、

まるで彼女に甘えるかのようなその仕草に舞衣は認識をあらためた。

カグツチは主との出会いに喜んでいるのだ。

封印越しではなく、じかに会うことが出来ることに。

そして、カグツチは正面に向き直る。

 

 

 

カグツチはその幾数ものエメラルドグリーンの瞳で、

視界に広がる存在を認識していく。

敵を、

主人に危害を加えんとした敵を――

―捉える。

火竜によって捕捉される三体のオーファン。

焼き払う。

敵を焼き払う。

消し炭すら残してやるものか。

主人に危害を加えるものは―――許さない。

カグツチは翼を広げ自らの肉体からエネルギーを巻き上げる。

(あぎと)を開く。

敵を灰燼と帰すために・・・。

 

 

 

「何!?何をするのカグツチ!!?」

自らのチャイルドに問う舞衣。

そんな主の言葉も耳に入らないのか?

カグツチの胸部は紅く膨らむ。

そこに溜まっているのは凶悪なまで熱量。

其れがゆっくりと喉を上っていく。

あんぐりと口を開くカグツチ。

ここまで眼にすれば舞衣でもカグツチが何をしようとしているのか解る

「命、玖我さん、高町先輩、逃げて!!!!!!!」

放たれる、開口したカグツチの顎から。

放たれる、紅蓮の炎が。

放たれる、全てを飲み込んで。

炎弾はそのエネルギー量を見せ付けるかの様に

地面を抉り、

岩さえ溶解させる。

三体のオーファンはその存在を一瞬にして消去される。

消し炭すら残さずに。

だがそれでは終わらない。炎弾は止まらない。

目標を失ったとしてもその熱量が一緒に消えるわけではない。

洞窟の岩壁を突き抜け、

森の木々をも喰らっていく。

炎の海という言葉はこの日、この時、この瞬間。

人界の風華学園裏山にて再現された。

 

 

 

数百メートルの長さに灰の海が広がっている。

炎の海は数分で鎮火し灰の海、この砂漠に変わっていた。

もうそこにはカグツチの姿はなく。

そして洞窟だったその場所も

灰の海の一部に変わっている。

だがその一角。そこに深緑の巨体が鎮座していた。

翼を持つ獅子、カグラは何か大切なものを守るかのように自らの巨大な羽でその身を覆っている。

その羽がゆっくりと開かれる。

翡翠の羽はあの熱量にさらされたのにも関わらず、傷一つ負っていない。

そして、翼で覆われていたカグラの懐から三つの人影が現れる。

「―――!!これは・・・。」

最初に言葉を発したのは玖我なつき。

見る影も無いこの惨状に言葉を詰まらせる

かなり驚いているようだ。

そして、もう一つの人影はゆっくりと天を仰ぎ自らの半身の瞳に眼をむける。

「助かった。ゆっくりと休んでくれカグラ。」

人影、高町恭也はカグラに労いの声をかける。

それに答え、獅子は一鳴きするとゆっくり姿を消す。

霞のように。

自らのいるべき場所に戻ったのだ。

カグラで言うならば恭也の“中”に。

カグラの巨体が消えたことで、恭也たちがいたそこだけが正常な地面となっている。

灰の砂漠の中では何ともそこだけが異質だ。

「すごい!これを舞衣がやったのか!!」

最後の人影。

美袋命はなつきとは対照的な反応を示す。

灰の砂漠に躍り出てはしゃぐその姿。

彼女にとっては鴇羽舞衣がこの事象を起こしたというのが重要らしい。

なぜこれほどの事態のなか恭也たちが無事なのか?

ときは数分前、カグツチの攻撃直前まで遡る。

 

 

 

これほどとは。

玖我なつきはコレまでにない危機感に駆られていた。

翼を広げ、顎をあける火竜を見て。

あれは戦闘体勢だ。

暢気に見ていては巻き込まれる。

何か危険なものに。

「デュラン!!!」

なつきは退避行動をとろうとデュランと共に走り出そうとするが

「待て、玖我なつき。」

其れは唐突な一言で止められる。

その人物、高町恭也はなつきの左肩を掴み

彼女のすぐ隣に立っていた。

さらに恭也の後ろにはカグラが鎮座している。

「なんだ。暢気にかまえている暇があるのならお前も走れ!

逃げなければ私たちも巻き込まれるぞ。」

逃げる邪魔をする恭也になつきは悪態をつく。

そんな、なつきの言葉を聞き流し恭也は強い口調で答えを返す。

「今更、何処に逃げる?今から走ったところで余波に巻き込まれるのは確実だ。」

そう言われると、そうだが

だからと言ってここに留まって死ぬのはなつきとしてはごめんである。

「ならばどうする。ここで死ぬのは御免だ。

それとも、お前に何か考えがあるとでも言うのか?」

頭を抱えながら呟くなつき。

そんな、なつきを見て小悪魔的な笑みを浮かべる恭也。

「まあ、まかせろ。悪いようにはしない。」

恭也のその笑顔を見てフンっとなつきはそっぽ向く。

この笑顔。

やはりこいつは静留の友人だ。

静留とまったく同じ笑顔を向けてくる

「命!こっちに来い。」

恭也は近くに立っていた命に対し声をかける。

すると、テクテクとミロクをその手に持ちながら恭也のもとに歩いてきた。

「なんだ?恭也。」

なつきに警戒を向けながらも恭也に話しかける命。

なぜか命は今のこの状況をそれほど危機に感じていない。

命は自らに向けられる殺気には敏感だ。

しかし今回、カグツチが殺気を向けているのはあの三体のオーファン。

だからだろうここまでのほほんとしているのは。

「すまないが、説明している時間は無いらしい。」

恭也は一言発すると。

天を仰ぎ自らのチャイルドを見る。

「やってくれ・・・カグラ。」

指示と共にカグラは動き出す。

その巨大な翼を広げると

自らの懐にいる恭也たち三人を包み込むように翼をたたんで覆う。

そして、自らの“力”のよって自分の周りにドーム状の盾を形成していく。

凝縮し、物理の法則を無視して形を持たせた音の盾。

これでも絶対的なエネルギー量を持つ炎の直撃を防ぐのは無理だ。

しかし、余波程度ならば防ぎきることは可能。

カグラが防御体制を確立して数秒後。

カグツチの手によって炎弾が放たれた。

 

 

 

月明かりが地を照らす。

「巧海!」

そんな灰の海の中、

鴇羽舞衣は弟をひざに抱え佇んでいた。

そして、何より先に巧海を心配し声をかける。

「・・お・ね・・え・ちゃん。」

意識を取り戻し、

かぼそい声で姉のことを呼ぶ巧海の姿。

良かった。

本当に良かった。

舞衣はそんな弟の姿を見て安心する。

だが、安心し、

心の中の重荷が降りたせいか、

舞衣の体からは力が抜けていく。

緊張の糸が切れたせいだろう。

「舞衣!!!」

背後に倒れこみそうになるそんな舞衣を命が見つけ、

支える。

「すごい!強いんだなあ舞衣は。」

彼女は舞衣に向かって称賛の声かけ、

純粋に舞衣のチャイルド()の強さを喜んでいるようだった。

なつきと恭也もまた舞衣の元に歩みやってくる。

「お前・・・・・・。」

なつきは何とも言えない思いを胸に舞衣を見る。

そして、舞衣もなつきを見返す。

心底安心したような笑みを浮かべながら

彼女は自らの意識を沈めていった。

「舞衣?しっかりしろ舞衣―!!」

命は気を失った舞衣に驚き、

彼女の肩を揺さぶり起こそうとするが、舞衣が目覚める様子はない。

「大丈夫だ命、気を失っているだけだ。」

恭也は舞衣の横にしゃがみこむと彼女の様子を確認する。

「突然色々なことがあって精神的に疲れたんだろう、心配しなくても良い。」

「本当か?」

恭也の言葉に命は真偽を確認するが。

どうやら本当だとわかり安心したらしい。

恭也は次に巧海の方を確認するが。

「だが、こちらは不味いな。」

巧海の胸に手を当てる恭也は渋い顔をして言う。

心臓の鼓動が余りにも微弱だ。

それに呼吸も荒くなってきている。

何か持病でもあるのだろうか?

こんなことならば真白にもうちょっと詳細なプロフィールを聴いておけばよかった。

とにかく時間が惜しい。

恭也は巧海の体を抱きとめ立ち上がる。

「命。鴇羽を頼めるか?俺は彼を保健室に連れていく。」

風華学園は寮生が多いこともあり、

寮生の怪我や病気にすぐに対応できるよう保健室は24時間体制を布いている。

病院に担ぎ込むよりは早い対応が出来る。

「うむ。舞衣のことは私に任せておけ。」

えっへんと胸をはり、命は返答する。

恭也は命の言葉を確認すると山を降りるためスタスタと早足で森のほうに歩いていく。

「おい!」

なつきはさっさと山を降りようとする恭也に対し後ろから声をかける。

だが恭也は止まらず木々の生い茂る森に向けて歩みを進めた。

その様子をみて苛立つ自らの意思を押さえながら

恭也の横に駆け寄り、なつきは並走する。

「聞こえているんだろう。少しぐらい耳を貸したらどうなんだ。」

「なんだ?玖我なつき。今はお前の質問に答えている余裕はない。」

「誤解するな!今がそんな状況で無いくらい私にもわかっている。

それにいちいちフルネームで呼ぶな、なつきでいい。それよりそれほど悪いのか?そいつは。」

木々を避け、並走を続けながらもなつきは恭也に抱えられた巧海に目を向ける。

傍目からはただ眠っているようにしか見えない。

「ああ、放っておけば命に関わるだろうな。」

恭也が端的に自分の見解を言い放つ。

偽りではない真実。

其れを聴いてなつきは渋い顔をする。

「そうか・・・・・・この際仕方が無い。デュラン!!」

なつきは走りながら自らのチャイルドを呼び出す。

恭也も最初は何事かと思ったが、その様子を見てすぐになつきの意図に気付く。

目の前には宙に浮きながら直進するデュランに跨るなつきの姿。

デュランの飛行形態。

「乗れ!人が走るよりは速いだろ。」

少し照れながら少女は自分が力を貸すと言っているのだ

恭也はここになつきの内面を見た。

本当の意味での少女の優しさ。

恭也なぜか嬉しくなり笑顔になる。

「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうぞ、なつき。」

恭也の心からの笑顔で自分の名を呼ばれ。

さらに其れを間近で見てしまったせいか、なつきは一瞬

ほんの一瞬だけ自分の顔が紅くなるのを感じた。

その後、三人の人間を乗せた銀狼は

風華学園、保健室に向け

文字通り空を翔けた。

 

 

 

 

 

 


枕菊聖です♪

そんなことで3th Stepお送りしました。

全面、バトルバトルバトルでちょっと個人的に大変でした。

本当ならここで物語は翌日に移行するのですが、

本編に加え恭也の視点もかなり入るので次回に持ち越しということにさせていただきました。

今回、初めてオリジナルのチャイルドであるカグラの戦闘シーンを出してみました。

鞭刀とか訳解んなかったでしょうか?

ながーい(十メートル半くらい)翡翠石の連結刃だと思ってください。

恭也の正体ばれちゃいましたね

ハハハハハハ(乾いた笑い)

だってだってこうしないとHiMEとの絡みが少ないんだもん。

ああスイマセン、ゴメンナサイ、私の執筆力が惰弱だからです。

だからバナナの皮を投げないで〜(大泣)

それでは次回4th Stepをお楽しみに。




ばれた恭也の正体!
美姫 「早かったわね〜」
でも、これもHiMEと絡むためだよ。
美姫 「にしても、毎回毎回、素晴らしい作品よね〜」
うんうん。面白いよ、続きが気になるよ。
美姫 「次回が非常に待ち遠しい〜」
本当に。
美姫 「次回も楽しみに待っていますね」
待っています!



頂きものの部屋へ戻る

SSのトップへ