前書(必ずお読みください):このSSは原作の設定とは違い、オリジナルの要素が含まれています。

そういうものが嫌いな方、許せない方はこれ以上読み進めないことをお勧めします。

それでも良いという方だけ先にお進み下さい。

 

 

 

 

 

 

-HiME〜運命の断罪者〜

1th Step それは☆乙女の一大事/能面のHiME

 

いい陽気だ。

太陽が微笑んでいる、風が舞を踊り、海が揺れる。

澄み渡る蒼い空。

雲ひとつ存在せず、空はその蒼さを際立たせていた。

空気に伝わって響くカモメの鳴き声。

どこか楽しそうに会話しているように聞こえる。

夏も差し迫ったこの季節。

海風をうけるここ風華の地一帯はまだ半袖では少し寒い。殆どの人が上に上着を着込んでいる。

まあ気にしない人は気にせず上に何も羽織らずTシャツ一枚で居るのだが。

海は空の蒼を映し出し透明な水面を真っ青に染め上げる。

水彩絵の具の原液を溶かした水のようだというのは風情がないだろうか?

そんな海上に一つの巨大な影、多きな質量、機械の塊。

波を裂きつきすすむ船。

海わたる客船。

船旅をするもので賑わう甲板。

天候が良いせいか風に当たろうと乗客たちが集まっているのだ。

だがこれはスカートを履いている女性には困りもので、悪戯な風に翻されスカートの下のものが見えてしまう。

カップルもいるので正常な男は目のやり場に困る。

そんなことを気にしない奴もいるが(犯罪)

「ほうらっ。」

「ありがとう、お姉ちゃん。」

甲板の中腹のベンチに座る男女。

少女の方が紙コップに入ったジュースを少年に渡す。

どこから見てもカップルには見えない。

どちらかというと仲のいい姉弟といった感じだ。

そのとおり姉弟なのだが。

「大丈夫、気分良くなった。」

姉のほうは鴇羽舞衣。今時めずらしい弟想いのお姉さん。

「まあまあかな。」

弟のほうは鴇羽巧海。

母性本能をくすぐりまくりの一歩間違えれば年上キラーなりかねないかわいい少年。

「だから船旅は微妙だって言ったのよ、乗り物弱いのに乗りたがるんだから。」

「でも楽しいよ、十分。」

「あっそう。」

そう笑みを浮かべる巧海。

舞衣は半分呆れているようだった

都会とは比べ物にならないほど空気が澄んでいる。

巧海は大きく深呼吸をする。

「良いとこだといいね。新しい学校。」

「うん。」

奨学金をとって入学が決定した小中高を一堂に会した大型の学校。

『私立風華学園』

彼女たちが船旅をしているのはそんな新天地へ向かうためでもある。

そんな舞衣たちのうえに大きな影が覆い被さる。上がる乗客たちからの歓声。

舞衣と巧海は乗客たちが視線を向けている方。

頭上を見上げる。

そこには巨大な構造物。

この風華の地を本土とバイパスで結ぶ鉄の橋。

その大きさには誰もが圧倒される。

「うわぁ。すごいなあ。やっぱ船で来てよかったよ。」

他の乗客同様、巧海も歓声を上げる。

「うん、そっ」

舞衣は巧海の言葉に頷くと空に向かって腕を振り上げ大きく伸びをする

ブリッジが通り過ぎると舞衣の視線に入ってくるのは月。

そして、その脇の紅い星。

子供のころから見えるあの星はいつものことながら赤々と輝いている。

「また見えてるの、お姉ちゃん。」

「うん。今日のは、何時にも増して紅くて綺麗。」

そう言って舞衣は巧海のほうを見る。

「僕、目は良い方なんだけどなあ。」

どうやら巧海にはあの紅い星が見えないらしい。

巧海は一生懸命、目を見開いてそれを見ようとする。それが少し可愛い。

「そりゃまあ、あれだ。正直者にしか見えないとか。」

「あらあら、この人はもう。」

舞衣のおどけた表情に巧海は笑みをこぼす。

ときどき悪戯好きな姉である。巧海はそんな姉が好きだった。

巧海はふと視線を海にずらす。

その瞬間、巧海の眉間に皺がよる。

「ねえ、お姉ちゃん。あれはお姉ちゃんでも見える。」

巧海は見つける、蒼い海に浮かぶ黒い異物を。

舞衣もそちらに眼を向け、凝視する。

「えっ――。」

舞衣にはソレが人のように見えた。

 

 

 

「お兄ちゃ〜ん」

「よせ、詩帆。引っ付くな。」

桃色の髪を白いリボンで四つに束ねた少女が、髪の上部をブリーチさせた青年に抱きつく。

青年はとても迷惑そうだ。

そんな二人の目の前の声が飛んでくる。

少し高い男性の声。

「詩帆ちゃん、そう言う事は部屋で二人きりでやるといい。そうすれば祐一のガードも緩むはずだ。」

場所は船内のラウンジ。

黒髪に長袖の黒いTシャツを着た青年が少女、宗像詩帆を囃し立てる。

顔にはいかにも面白そうに笑いを浮かべて。

この青年を知るものが見たら信じられない行動かもしれない。

遺伝子や血のつながりは関係なく。

どうやら子は親に似るらしい(両親共に)

「は〜い。でも高町先輩、この頃お兄ちゃんが詩帆の部屋に来てくれないんです〜(泣)」

「うむ、祐一もシスターが言うところの“青春の情動”を抑えられなくなってきたか。」

詩帆の嘆きに黒髪の青年、高町恭也は悪戯っぽい笑みを浮かべる。

それを聞いて楯祐一は顔を紅く染めた。

「あたりまえだろお前の部屋、女子寮なんだから。恭也先輩も恭也先輩でからかわないでください。」

とお兄ちゃんこと青年、祐一は反論する。

「そもそも、なんでそんな、話になるんですか。今の会話の流れでどうしてそんな風に持っていくんですか。」

祐一はさらに捲くし立てるが暖簾の腕押し。

恭也と祐一はそもそも自分たちが通う学園の創立祭の下見に来たのだ。

創立祭ではこのフェリーを貸しきって船上パーティーをすることになっている。

何かと行事に金をかける学園だがどこにそんなお金があるのだろうか。

「悪い、つい面白くてな。まあ今日で、創立祭でやる船上パーティーの下見も終わりだし、

今日の夕方には寮の自分の部屋に帰れるだろう。

少なくても今日は夜這いをかけられずに済みそうだぞ―――詩帆ちゃん。」

「先輩!!!」

「おお、祐一の顔がどんどん赤くなっていく。面白い。」

微妙なフェイントを織り交ぜた恭也のボケに祐一は反応する。

それでも恭也は祐一をからかうことを止めない。

二、三年前まで恭也がからかわれることが多かったせいもあるが、からかう面白さを知ったのが大きい

それにしてもと祐一は思う。

この高町恭也という先輩は明るく、そして社交的になった。

祐一が中等部のころの話だが、

恭也は寡黙でまるで刃物のようだと思っていた。

だが話してみるとそんなでもなく優しいひとだった(割と嘘吐きだったけど)。

まあまだその頃は無愛想だったが・・・。

時間とは恐ろしいもので今では、ちょっと(?)お茶目ないじめっ子までクラスチェンジしている。

「騒がしいな?甲板のほうか?人が集まっているようだ。」

恭也は真剣な顔に戻る。

この変わりよう、ギャップが激しい。

先ほどから甲板に上がる乗客が増えている。

確かに乗客たちが騒がしい。

祐一もそう想い、走ってくる船員に状況説明を求める。

「何でも女の子が漂流していたらしい。今他の船員は引き上げにかかっているんだ。」

船員はそう告げると走り去っていってしまった。

どうやらかなり急いでいるらしい。

「俺も言ってくる。祐一、お前はどうする?」

「あっ俺も行きます。」

そう言って、甲板のほうに上がっていく二人。

その後ろでは――。

「お兄ちゃんダメだよ。詩帆、恥ずかしいよ。でも、お兄ちゃんなら・・・・・・」

四本に束ねた髪をくねくねとタコの足のように曲がっている。

そこには妄想に浸ってもじもじしている詩帆の姿があった。

 

 

 

「水を飲んでいるぞ」

「早く引き上げろ。なんだソレは?さっさと捨てろ。」

「駄目だ。離そうとしない。」

船員たちは、救命ボートをロープで甲板手前まで引き上げ、

そのセーラー服を着た小柄な少女を甲板の方に持ち上げようとする。

少女の体重が軽いためか簡単に持ち上がるが、そこから運ぶのが難しい。

そもそもの原因は、少女の手にあるもの。

身の丈1,5メートルはあろうかという黒い大剣。

「ちょっと君達、手伝ってくれないか。」

ちょうど甲板に上がってきた楯祐一が声をかけられる。

その横には恭也。後方からかなり遅れて詩帆がやってくる。

「分かりました。」

「はっはい。」

恭也と祐一は救命ボート付近まで行く。

祐一は甲板から少女の体を両脇から腕をいれ抱える。

だが恭也は固まっていた。

時が凍結したかのように、

文字どおり。

あるものが視線に入ってから。

恭也の目を捕らえて離さない。

少女の握る、黒き大剣。

なぜアレがここにある。

その言葉が恭也の中で反芻する。

恭也。過去の自分にとってそれはいい思いではないものだったから。

いたいけな少女を傀儡とした一端を担ったものだったから。

恭也が停止している間、恭也たちに声をかけた船員がボートに乗り込み、大剣を少女の手から引っぺがそうとする。

だが剣が少女の手から離れた瞬間ソレは起きた。

大剣の黒い刃が紅く輝く、まるで眼が開いたかのように・・・。

恭也だけが掛かった時間の凍結が其の時、溶ける。

アレに普通の人が触れては・・・。

「危ない!!」

恭也は声をあげるが遅かった。

現象はあらゆる物理の法則を無視し、ボートを支えていたレールを切断する。

ロープは切れる、鋭利な刃物で切断されたかのように。

ボートはバランスを崩す、当然ながら落ちる船員たち。大剣も共に。

響く、水面が跳ねるような衝撃音、だが水深が深かったおかげか船員は皆無事だった。

だが大剣は違うその重さに身を任せ、深く深く沈んでいく。

暗く光の届かない水の底へと。

だが不幸中の幸いか少女は祐一に支えられていて落ちることはなかった。

「こっちはいい、其れよりその子だ。呼吸が止まってるぞ。」

「えっ!!」

落ちた船員に祐一はそう聞かされ、驚きながらも少女を広いスペースへと連れていく。

祐一の脇には詩帆が付き添い、祐一は少女の脇に跪く。

「えっえと、じ、人工呼吸。だっ誰か!出来る人居ませんか?」

祐一はシドロモドロになりながらも観衆たちを仰ぎ見る。

誰もが不安そうな面持ちをしているものの名乗出ない。

名乗り出て、観衆の目線に晒されるのが嫌なのだ。

日本という国の悪いところだ。

「しょっしょうがねえ俺が・・・・・・。」

祐一は服の袖で口を拭き、少女の唇へ近づける。

1センチ2センチと近づいていく。

そして祐一が人工呼吸を始めようとする。

だがその寸前。

「ダメー!!!!!!!!!!!」

祐一の顔の側面に衝撃。

詩帆の掌底での一撃によって妨害された。

「何するんだ詩帆!!!!!!!!!」

「お兄ちゃん・・・ヤラシイ顔してた・・・・・・」

「しっ仕方ねえだろ。人命救助なんだから。」

「ヤーダ。ヤラシイ。」

詩帆は人工呼吸(詩帆主観ではキス)をさせまいと妨害してくる。

そのかん少女は三途の川を渡る準備をしているだろう。

「もういいから、退いていろ。」

それを見かねて名乗り出るものがいた

先ほどまで凍っていた高町恭也その人。

「はっはい!」

恭也は祐一を退かせそこに膝をつく。

少女の顎を上げてから気道を確保。

いきなり人工呼吸はせず、まず少女の胸に耳を当てる。

微かに聞こえる心音。だがそれはとても弱い。

「心臓の鼓動が弱い。誰か心臓マッサージできる人は居ませんか」

人工呼吸と心臓マッサージ。どちらか片方ずつではダメだ、心肺蘇生法を一度にやらなくては。

少女の着ているセーラー服破け目。そこから恭也の目に飛ぶ込んでくるのは紅い刻印。

呪われた運命を背負った証。

其を見たからこそ恭也は思ったのだ、この娘はこんなところで死なせてはいけないのだと。

より確実にこの少女を助けるために。

「おっお姉ちゃん。」

ギャラリーから聞こえる声。

「はっはい。私できます。」

弟、鴇羽巧海に即されてかギャラリーから少女、鴇羽舞衣が出てくる。

「俺が人工呼吸をやりますから、あなたは心臓マッサージをお願いします。」

「はっはい!!!」

舞衣は恭也に即されるがまま少女の胸の中心に両手を重ね当てる。

海水に濡れた少女のセーラー服。

ジワリと舞衣の手に張り付く布地。

舞衣にはとても冷たく感じられた。

その間恭也は少女の首の下に祐一から借りた上着を丸めて入れ、少女の頭の位置を固定させる。

「いきます。123―――123―――123―――123―――。」

恭也は少女の唇に己の唇を当てる。

恭也が息を吹き込む同時に三度。舞衣は心臓マッサージを繰り返す。

少女の意識の回復を願いながら、胸部に自らの体重をかける。

「12――あっ」

舞衣が驚きの声を上げる。

少女の体が震え口から水を吐く。

それを見て恭也も舞衣も安心からか安堵の溜息を吐く

なにがともあれ少女の命は助かったことに。

 

 

 

「ありがとう、助かったよ。」

恭也達と舞衣は船員にお礼を言われ、少女は船員の手によってタンカにのせられ救護室へと運ばれて行く。

「でもあんたすごいな。本当ありがとよ。」

船員が行ったのを見計らって祐一は舞衣に声をかける。

あるのは純粋な尊敬の念。

自分のできない事をやってのけた舞衣への。

「本当、凄かったよ。お姉ちゃん。」

「まあ。救命講習がこんなところで役に立つとは思わなかったわ。」

「それでも実践できるということは凄いことだ。実際こいつにはできなかった。」

舞衣に声をかける恭也。

祐一のほうを指刺す。

青年はしょぼくれていた。

報われない祐一、かなり可哀相だ。

「そんな、あなたの方こそ、あんな的確に。私ではあそこまで出来ませんでした。」

恭也の言葉に舞衣は謙遜する。

それでも褒められて悪い気はしないのか照れ笑いを浮かべる。

「それにしても、そのままでは体に障るだろう。早く着替えたほうが良い。」

「えっ!!!」

恭也の一言に舞衣は驚き自分の体を見る。

あの少女と密着したせいか?

Tシャツは海水で濡れていた。

「はいお姉ちゃん。風邪ひくよ。」

「ありがとう、巧海。」

はじめから用意しておいたのか?

巧海は姉に上着をかける。

それでもやはり海風のせいで寒い。

舞衣は片腕で上着を引く、上着内の暖かい空気を逃がさないために。

だがそのせいで舞衣の胸元がよる。

舞衣のTシャツは濡れているわけでバスト87の巨乳だ。

それが目の前に見える位置に居る祐一としては目のやり場に困ってしまう。

というかやはり魅入ってしまうわけで、鼻の下を限界まで伸ばしていた。

なんとも間抜けな顔だ。

「ちょっ、何見てんのよ!!アンタ!!」

舞衣は祐一のいわゆる厭らしい視線に気づき、胸を庇うように後ずさる。

「みっ見てねえよ!!」

「見てたじゃない!!!」

舞衣は自分のやった事を認めようとしない祐一に対し怒鳴る。

「なにアンタ、最低。」

絶対的な一言。

まるで槍のように、祐一の心に深く突き刺さる。

舞衣はズカズカと一人で船内へと消えていった。

「お兄ちゃんのエッチ!!!」

詩帆の怒号。

「ほう。祐一がなぜ詩帆ちゃんに手を出さないのか疑問だったが、

胸が大きいほうが好みだったのだな。」

そんな恭也の一言。確実に狙った一撃。

それが詩帆の闘争本能に火をつける。

もう大火事だ。

「お・に・い・ち・ゃ・ん(怒)」

祐一の後方から飛んでくる援護射撃によって、祐一の形勢は絶対的に不利。

「チゲーよ!!!」

「チゲくない!!!!!!!!!!!」

こうして祐一と詩帆の押し問答が始まったのだった。

「止めなくて良いんですか?」

巧海が恭也に向けて聞いてくる。

もちろん顔には苦笑い。

恭也は油、いやガソリンを注いでおきながら、自分には関係ないという感じで船内につながる入り口へと歩いていた。

まあ巧海もソレに着いて行っているのだが・・・。

「大丈夫だ。すぐに祐一劣勢で幕を下ろす。それより中に入ろう風が冷たくなってきた。」

恭也は微笑を浮かべながらそう即す。

それが小悪魔じみている。

そう感じたのに巧海は錯覚だと願いたかった。

 

 

 

水平線。

まるで海と空が同種のもので、それ分け隔てる様にその一本の線は存在している。

視線が波を打ち揺れる。

タンクトップ姿の少女は立っている。

場所はどんなに贔屓目に見ても綺麗とは言えないクルーザーの上。

ところどころに傷がある。

船体はまるで煤で汚れたかのように灰色。

おまけにクルーザー既存のものではないアンテナが二本。触覚のように立っていた。

少女の視線がまた揺れる。

波に揺れるクルーザー。

空を支配していた主役は沈み、蒼かった青空が闇色に染まっていく。

少女は思う。

幼いころ、私はあそこに行きたかった。

それは視線の先の水平線。

幼心、あそこがとても神秘的に見えた。

まだ母が自分のそばに居た、あの頃――。

何も考えずに笑っていられたあの頃――。

平和だったあの頃――。

吹き荒ぶ冷たい風に少女は紺藍色の長い髪を振り乱す。

タンクトップも風によってめくれ上がり少女の白い肌が露になる。

その背中には紅い刻印。

「例の少女だが、通り掛かったフェリーに拾われたらしい。」

少女の背中に野太い男の声がかかる。

中肉中背、眼鏡をかけ服はすべて桑染色で統一されている。

ヤマダ。本名は知らないそして、明かさない。

この古ぼけたクルーザーの持ち主で、少女のつるむことの多い情報屋だ。

腕、その手際ともに一級。

「なんだと!!!」

少女は目的を完遂できたと思いきや、それが自分の予想外の方向に転がってしまったのだ。

このままでは意味がない。

「追えるか?」

「ついか料金を貰うがそれでいいなら・・・。」

「かまわん、頼む。」

ヤマダの言い分に少女は何の逡巡もなく即座に言葉を返す。

やれやれと呟くとヤマダは、操舵室へと入っていった。

クルーザーのエンジンに火が入る。

咆哮をあげるようなローター音。

少女、玖我なつきの決意。

これ以上、自分と同じモノたちをあの学園に増やすわけにはいかないのだ。

 

 

 

薄暗い。

原因は一つ、照明が点灯していないから。

この部屋唯一の光は丸く切り取られ、硝子で覆われた窓から入ってくる月明かりのみ。

救護室。

そう総称される部屋の中。

ベッドに寝かされた少女。

先ほど海を漂流していた少女だ。

今は、濡れていたセーラー服を脱がされ、船内で常備されているTシャツにその身に纏っている。

男物であるせいか少女にはやや大き、くサイズが合っていない。

丈が膝下まであるのが何よりの証拠だ。

「・・・・・ミ・ミ・・ロク・・・・・・・・・・・ミロ・・ク・・・。」

部屋の中にかすかに響く声。

先ほどまで眠っていた少女が天井へとその手を掲げ。

魘されているかのように声を上げている。

まるで何かに呼びかけるかのように。

不意に救護室の扉が開く。

だがいつまでたっても誰も入ってこない。

結局何者も入ってこず扉は閉まる。

何者入ってこなかったように見受けられた。

それは違った。

救護室に先ほどまでなかった筈の音が存在していた。

ぴちゃ・・・ぴちゃ・・・という水滴音。

救護室の床には海に沈んだはずの黒い大剣がそこに存在していた。

 

 

 

なんだ、あのスケベ男は!!!

舞衣は心の中で憤慨していた。

厭らしい目つき。

確かにアレが正常な男の反応だと思うがあからさま過ぎやしないか。

それをあんな堂々と。

舞衣は濡れたTシャツを着替えるため船内の自室に来ている。

よく清掃されていて綺麗な部屋。

清掃員の苦労が目に見えて判る部屋だ。

四人部屋ではあるが姉弟の二人で使わせてもらっている。

迎え合う様に備え付けられた二段ベッド。

それぞれ一段目のベッドを使っている。

巧海と同室のためもう一つは巧海のベッドだ。

舞衣はそのベッドの上を見ながらあるものを見つけそれを手に取る。

「やっぱり、あの子ったら、また飲み忘れてる。」

舞衣が手に取ったのは薬入れ。

朝昼晩と分けて錠剤を入れておくタイプのものだ。

薬入れないは三列のうち二列目までが錠剤が入っている。

だが今は夕方だ。とするとこの薬の持ち主は昼の分を飲み忘れていることになる。

「あとで渡しておかなきゃ。たっくもう巧海ったらしょうがないんだから。」

そうこの薬入れの持ち主は鴇羽巧海。

彼は重度の心臓病を抱えている。

医者からは移植手術をすれば治ると言われているが、肝心のドナーの順番がまわってこない。

調子が良い時と悪いときの差もまちまちなのでずっと入院というわけにも行かない。

それに舞衣としても高校には行かせてあげたかった。

「えっと着替えは・・・・・・。」

舞衣は薬入れを今穿いているスカートのポッケットの中に入れると自分の鞄の中を探る。

だが数秒後ある事実を思い出すことになった。

「あっちゃー、全部荷物と一緒に送っちゃったんだ。どうしよう?」

舞衣は額に手を当て、盛大にうな垂れた。

其の時、舞衣の瞳にあるモノが飛び込んでくる。

ベットのヘッドのところに吊り下げたハンガーにかかったあるモノ。

「不幸中の幸いというかなんというか。」

それは新しい門出のためのモノ。

 

 

 

「転校ついでに、連休を利用して旅行か。面白そうだな。」

「はい。今まであまり遠出したことがなかったので、とても楽しいです。空気は綺麗だし海も。」

人懐っこい笑みを浮かべ、巧海はとても楽しそうに話している。

旅(武者修行)に出るので恭也にとっては興味の惹かれるネタだった。

恭也達は先ほどまでいた船内のラウンジへと戻って来ていた。

外も暗くなってきたせいもあって人の数が先ほどより多い。

恭也たち三人に巧海が向かい合うように座っている。

舞衣は一人部屋に行ってしまったため。

恭也が『ここであったのも何かの縁だ』と言って誘ったのだ。

「へ〜。でっ何処の学校なんだ?」

恭也の脇に座る、祐一が巧海に向かって話しかける。

先ほどの争いのせいで生傷が目立つ。その隣ではまだ鎮火していないご様子の詩帆嬢。

四本の髪をクネクネさせながら祐一を睨んでいる。

ここまで怒りを膨れ上がった一旦を担った恭也はとても楽しそうだった。

巧海はそんな光景を見てみぬ振りをしながら答えを返す。

「私立の学校で名前は―――。」

「巧海!!!」

突然、上から降ってくる声。

その声には皆、聞き覚えがあった。

恭也たちは見上げるとそこには着替えを終えた舞衣の姿。

螺旋階段の途中で止まりこちらを見ている。

舞衣の服装は巧海を除く三人にはとても見覚えがあるものだった。

「捜したわよ、本当に。」

「お姉ちゃん・・・。」

オレンジ色の布地に白いライン。

赤いリボン。

枯葉色のスカート。

見間違うはずがない。恭也たちの通う、風華学園の制服だった。

「お姉ちゃん・・・その格好。」

「ああこれ?着替え大きい荷物のほうに入れちゃって・・・・・・。」

舞衣はリボンを人差し指と親指で摘みながら、

苦笑いを浮かべて階段から降りてくる。

「じゃあ、転校先ってうちの学校なのか?」

「あ、じゃあ。」

「俺たち風華学園の生徒なんだけど・・・。」

先ほどのこともあってか祐一は苦笑いしているが、恭也と詩帆は“うんうん”と頷いていた。

 

 

 

「どうぞ、お待たせいたしました。」

ウエイトレスが舞衣の前に注文したホットコーヒーを持ってくる。

なんとなくギクシャクしている舞衣と祐一を恭也が間を取り持ち、

お互い自己紹介をしようということになったのだ。

「さっきはお兄ちゃんが、変な事してごめんなさい。」

詩帆は舞衣に対して頭を下げる。

「だから違うって。」

祐一は意気消沈気味だがまだ諦めない。

「祐一、自分の成してしまった罪は認めなければいかん。」

恭也は祐一にそう諭すと

なぜかメニューにあって注文したアイス宇治茶のグラスに口を付ける。

「だから、してませんて・・・・・・・。」

そんな祐一はとても弱弱しい。

「ああ僕、鴇羽巧海です。中等部の一年に転入予定です。こちらこそ姉が失礼しました。」

巧海もまた頭を下げる。

「なによ、それ。」

舞衣はとても心外そうだ。

「俺は楯祐一、高等部一年。」

「私、宗像詩帆。中等部二年で〜す。」

そのまま詩帆は祐一の左腕へと抱きつく。

今回ばかりは祐一の顔はとても嫌そうだった。

「で、こっちは――。」

「高町恭也だ。高等部三年に在籍している、よろしく頼む。」

祐一の言葉に、恭也は宇治茶のグラスを置いて名乗りを上げる。

「えっえー!!!先輩さんだったんですか?」

恭也の声に舞衣は驚きの声を上げる。

「ちょっとお姉ちゃん、失礼だよ。」

巧海が静止にかかるが、こちらも驚いているようだった。

「見えんか?」

「あっいえ、もっと年上の方かと思ったもので。」

恭也の問いかけに舞衣は言葉を返す。

確かに今、恭也を引率の先生です。と紹介しても違和感がない。

それだけ恭也は大人びているのだ。

「そんなに年寄りくさく見えるのか、俺は?」

恭也はそう答えまた宇治茶を口に運ぶ。

見た目からすると真剣に悩んでいるようだ。

家族から枯れているだの何だの言われているのもその原因なのだが。

そんな恭也をみて慌てて舞衣は弁解する。

「いや、大人びていてカッコいいなあと思っただけで、そんなつもりは・・・。」

少し照れながら心配そうに告げる。

「俺がカッコいい?鴇羽さん、もし本気なら眼科に行ったほうが良い。でも、もし冗談だったら面白いな。」

笑みをこぼしながらそんな事を言う恭也。

だが、その声は本気だった。

そう、いくら性格は明るくなったとはいえこんなところは変わらない。

そうこのスーパー朴念仁ぶりは。

舞衣はそのことに気づいたのか?恭也の隣に居る、祐一に視線を投げかける。

祐一はそれにアイコンタクトで返す。

さすが原作の主人公とヒロイン。

なんだかんだ言って出会い頭から愛称バッチリである。

「ええっと、そちらはご両親が・・・・・・・。」

話の流れを変え舞衣は祐一に話を振る。

苗字が違う兄妹。

舞衣がそう思うのは当然といえば当然。

「いや、違うんだ。ただの幼馴染なんだ。こいつとは。」

「えっ!!!兄妹じゃないんだ。」

舞衣は先ほど以上に驚く。

「違う!!!」

「でも、お兄ちゃんです。」

祐一は反論するが詩帆に抱き着かれている状態だとどうも迫力がない。

「詩帆ちゃんはこのまま祐一に弄ばれて捨てられてしまうのか、可哀想に・・・。」

「お兄ちゃん、詩帆を捨てるの(ウルウル)。」

恭也の演技がかった言葉に詩帆は影響されたかその気になる。

「だから先輩。そのネタ引きずるのやめてください。詩帆も悪乗りするな!!!!」

だがそんな言葉はオーディエンスの耳には届かない。

祐一の罵声などシャットアウトだ。

「わーお、田舎のほうが進んでるって聞いたけど本当なんだ。」

舞衣は笑みを浮かべ巧海に耳打ちするかのようにそんなことを言っているが、

実際祐一には丸聞こえだ。

「でっアンタは?」

祐一は憤慨しながらも舞衣に自己紹介を求めてくる。

「私は鴇羽舞衣。高等部一年に編入予定。ま、よろしくってことで。」

ポーズをとってみせる舞衣をみて祐一は心底嫌そうな顔をする。

「同じ学年かよ・・・」

「それはこっちのセリフ!私だってセクハラ男と同じ学年なんて願い下げよ!!」

「だから、アレは違―――「見つけた。おーい君たち。」」

舞衣の言葉を祐一は再び否定しようとしたところ、外から入ってきた声にそれを止められた。

恭也達五人は、その声の主へと視線を向ける。

そこには先ほどの船員が二名、そこに立っていた。

「楽しく談笑しているところすまない。実は先ほどの件で船長がお礼を言いたいそうなんだ。

悪いけど後で二名ほど操舵室に来てくれないだろうか。」

「いえ、お気になさらず。自分たちは当然のことをしたまでですから、お礼を言われるようなことは何もしていませんよ。」

船員たちの言葉に、恭也は恐縮そうに皆の気持ちを代弁する。

そう自分たちは当然のことをしたのだ。

礼ならば先ほど別れ際に言われた一言で十分。

「そうは、いかないんだ。船長が直接お礼を言いたいらしくてね。そこを曲げて頼めないかな。」

言葉と共に、船員は深々と頭を下げる。

こんなことまでされて恭也は断るわけにはいかない。

すると恭也はある案を思いつく。

「それならば彼と彼女の二人を行かせます。それでよろしいでしょうか。」

恭也が手で指し示したのは祐一と舞衣。

あまりに唐突なことで祐一と舞衣と共に他の二人も固まってしまう。

「ああ、頼むよ。では私たちはこれで失礼させてもらう。」

必ずお願いするよと付け加え船員たちは去っていった。

それと同時に止まっていた皆の時間が動き出す。

「どっどう言うことですか恭也先輩!!何で俺がこいつと!!!」

「そうです!!なんで私がよりによってこんな奴と!!!」

二人は恭也に掴み掛かりそうない勢いで詰め寄ってくる。

そんな二人を見て恭也は可笑しそうに微笑むと一言。

「それだ。」

「「はあ???」」

祐一と舞衣の二人はまるで分からないといった様相でユニゾンする。

恭也はそれを見てさらに可笑しそうに微笑む。

「もっと、歩み寄れ。第一印象だけで決め付けては相手の本質など分からないだろ。だからだ。」

祐一と舞衣。

二人は出会い頭が最悪(ほとんど祐一のせい)だったせいか。

まだ多少どこかで距離を置いているように恭也には見受けられた。

風華に来る前の人付き合い皆無であった恭也で気づけなかったこと。

まあ自分のことについては今でも鈍感だが。

「だから、二人で行ってくるといい。俺は用事があるから少し失礼するが、巧海君と詩帆ちゃんもそれでいいだろ。」

恭也はまだ納得していない二人から視線を外し、巧海と詩帆のほうを見る。

巧海は姉にはこちらで出来た友人と仲良くなって貰いたいらしくOKらしい。

逆に詩帆は舞衣をいろんな観点(?)で警戒している、だがまだ敵(?)がどうか分からないので今回は良いようだ。

「そんな訳できちんと行くようにな二人とも。」

そう言って恭也はラウンジから出て行く。

結局祐一と舞衣は恭也の決定を覆せなかったのだった。

 

 

 

HiME.・・・か。」

場所は船室の廊下。

フェリーも客商売だけあってとても小奇麗で清潔。

目に付くゴミは一つも落ちていない。

汚れも然り。

恭也はフェリーの自室へと足を急がせる。

この封架・・・いや風華の地か。ここに来て知ったこと。

今現在、戦姫の異能およびその総称。HiME.

戦姫とHiME。

なんと言う皮肉だろうか。語呂合わせではないのだ、こんなにも似ていることに驚いてしまう。

ここまで来ると一種の呪いだ。

そして恭也は思い出す。

自分が助けたあの少女。

ちらりと見えた。あの紅い刻印。

あれはHiMEと呼ばれる女性たちの体の何処かしらに浮かぶ。

いわばあの少女がHiMEであることは最早疑いようがない。

極めつけはあの大剣。

「これであと一人と言う訳か・・・踊らされているな。」

踊らされている。

奴は飛び込みである自分を舞台に上げ、配役にしてしまった。

そして、こうしてまた出演者がやってくる。

最早、奴で言う舞台の主演であるHiME達が集まるのは必然と化していた。

それを止めるのは不可能だと恭也は諦めている。

ならば恭也が考えるのはその先。

もとより自分はこの舞台のことを知っているのだから。

どれだけ経過は変わっても、物語には通らねばならないヤマ(・・)が存在する。

「俺達の戦いは、これからと言う事だカグラ。」

恭也の瞳。

黒のはずのそれが今は翡翠の宝石ように輝いていた。

 

 

 

「またっく。恭也先輩はときどき何考えてるのかわからん。」

そこは廊下。

祐一と舞衣はなんだかんだ言いながらも仲良く(?)船長のいるブリッチへと向かっていた。

「でもさあ、でもさあ、船長さんも救助のお礼を言ってくれるななら自分から来てくれればいいのにね・・・。」

「外を良く見てみろよこの霧じゃ、ブリッチ離れられるわけないだろ。」

舞衣の言葉に祐一は素っ気無く返す。

その態度に腹を立てたのか舞衣はムッとする。

「なによ。やけに突っ掛かるわね。」

その言葉に祐一は歩みを止め舞衣と向かい合う。

舞衣もそれにあわせて歩みを止める。

「だってさ、さっきから一々文句ばっかり。やれ船賃が高いだのウエイトレス自給が安いだの。聞いててうんざり。」

祐一はもう聞きたくないらしく、本当にうんざりした顔をしている。

だが舞衣も負けてはいない。

今まで感じていた事をを吐き出すように言葉にしていく

「あの高町さんが言っていたように痴漢現行犯のあんたに私も少しでも歩み寄ろうとしてるんじゃない。わかんない奴。」

「だっ誰が痴漢だ!!それはお前の思い込みだろ!自意識過剰ってんだそういうの。」

祐一も『痴漢』という単語に過剰反応して、大声で反論する。

顔も朱に染まっていた。

「えーえー。自意識過剰にもなるでしょ。自分の連れの子にお兄ちゃーんなんて呼ばせてる危なーい人には特にね。」

「あれは違うって言ってんだろ!!!」

「見たまでを申し上げたまでよ〜♪」

祐一の顔は舞衣の攻撃を受けどんどんと赤くなっていく。

どうやら口喧嘩では舞衣のほうに分があるらしい。

だがその口論は終わりを見せた。

物理的介入によって。

「うわあ―」

「キャッ―」

祐一と舞衣が小さな悲鳴を上げる。

通路の床が大きく振動をのせて傾く。床だけではない。船全体が傾いている

二人は突然のことで何かに捕まるという動作が出来ない。

祐一は舞衣に覆いかぶさるように倒れ其れと同時に舞衣自身も尻餅をついてしまう。

「痛っ――」

舞衣はお尻のヒリヒリとした痛み感じそれに耐えながらも。

自然に上を見上げる。

眼に入ってきたのは船の窓越しの空。

先ほどまでとは違い完全に闇色に染まっている。

星達が輝き、月が笑っている。

そして、その横にはあの紅い星。

だがそこに舞衣は違和感を感じた。月に影がかかっている。

いや、アレは雲だろうか?

雲の主成分は水、水蒸気。ならば透き通るはずではないか。

それなのにアレは――。

もう一度見るとそこにはもう何もなかった。

眼の錯覚だと思い、舞衣は立ち上がろうとする。

だがそこに重み。

楯祐一が舞衣の胸元に顔を埋めるように倒れている。

「うおっ!!」

「やっ!!」

祐一も驚き、その身を急ぎ離す。

舞衣もまた同様に自分の胸元を庇いながらその身を離した。

「このエッチ、痴漢、変態。もう信じらんない!!!」

「ちょっと待て、今―――」

祐一が弁解しようとした瞬間それは現れる。

窓から入ってきたソレは。

祐一の腹部に

「ぐふっ――。」

まるで吸い込まれるような膝蹴り。

「ぐはっ――。」

止めとまでに背に両拳を叩きつけた。 

二撃共に完璧に入った。

いくら男である祐一でも起き上がっては来れない。

背後で痙攣している祐一を他所に

ソレは悠然と立ち舞衣のほうに向き直る。

舞衣の顔が言い知れないモノへの恐怖に歪む。

フルフェイスメットにライダースーツ。

体の線からすれば女性に間違いない。この海上では絶対に見られない格好。

加え、有無も言わさず知り合いの人間を叩き伏せられたのだ。舞衣でなくても警戒し、

時には今の舞衣のように得体の知れない者へ恐怖する。

舞衣は助けを呼ぼうと背を向け走り出す。だがそれがいけなかった。

「きゃっ――ムッ」

ライダースーツの女は一瞬で舞衣の背後に詰め寄り、逸早く口を塞ぐ。

そして片手を捻り上げ舞衣の関節を決める。

その痛みに舞衣の顔が苦痛で歪むが、喋りたいにも口が塞がれているため悲鳴も上げることが出来ない。

兵法では敵に背を向けるのは戦略で無い限り愚の骨頂。

だが一般人の舞衣にそんなことを言ってもしょうがない。

「大人しくしていれば、危害は加えない。

それより教えてもらおう、このフェリー拾われた奴がいるはずだ。そいつは何処にいる。」

メット越しの曇った声。

先ほど不意を突かれたとはいえ一瞬でやられた祐一。

今の自分の状況。

そんな女の言葉に舞衣は従う他無かった。

 

 

 

「保安庁への連絡はどうなっている。」

「ダメです。繋がりません。」

「クッソ。あの船か。」

いきなり生じた前代未聞のこの事態にてんやわんやになっているブリッジ。

船長もまたこの事態に戸惑っていた。

ブリッジの窓から見るのはフェリーの周りを縦横無尽に走り回る一つの影。

嫌なくらい平和なこの国、日本。特にこの風華ではこんなこと起こった事が無かった。

ことの始まりはほんの数分前、左舷後方から無理矢理入り込んできたあのクルーザー。

それを避けるためフェリーを面舵一杯にきったはいいが、クルーザーはまるでフェリーの幾手を遮るかのように妨害している。

無線や通信関連の機器もあのクルーザーが来てから使用不能になっている。

あのクルーザーが妨害電波を出しているのは間違いない。

訓練はしていても実際起こると違うものだ。

とくに通信機器が使えないと手出しの仕様が無かった。

だが船長も船員もまだ知らなかった。

これから起こる事件。風華一帯にこの船のことが雷名のように知られることに成ることを。

 

 

 

舞衣は終始無言のライダースーツの女に

案内させられながら、自分を落ち着かせようとするが

救護室の目の前についた瞬間、問答無用でその扉に叩きつけられる。

全身に感じる衝撃と鈍痛。

舞衣にはこの女が何をしたいのか分からない。

「どうするつもりなの・・・嫌っ――」

その言葉を一切無視し、女は舞衣の頭を掴み頭を下げさせる。

舞衣は恐怖のせいか救護室の扉を背に縮こまってしまう。

女はそんな舞衣を他所に扉の前に立つと両手を床へと伸ばす。

そのとき、舞衣には信じられない現象が起こった。

女の両手の平に光が凝縮する。

するとそこから回転しながらあるものが姿を現す。

銀色を帯びた鉄の塊。

異型の球型マガジン。

二つの小さき砲門。

その形は違うがそれはこの現代で銃と呼ばれるもの。

それが二丁、何も無い虚空から出てきたのだ。

何処からそんなものが出てきたのか。

舞衣の頭に浮かぶ絶対的な疑問。

だがそんな疑問を口を挟むことさえ女は許さない。

女はそのデリンジャーに似た銃を両手に握り。

間髪入れずに救護室の扉を蹴り倒す。舞衣も同様に床に倒れ付すような形になる。

女は銃を前方に構えながら周り警戒するが

「君も分からない人だな。HiMEが集まるのを今更止めてもしょうがないというのに。」

いつからいたのか、影がヘルメットの女へと翡翠の刃を突きつける。

場所はヘルメットにかすかに覆われていない喉元。

救護室の中。入り口付近に立つ女のすぐ横にその影はいた。

女とも男ともとれる澄んだ声質。

舞衣はその影を見て驚く。

其れはその格好。救護室の窓から入る光によって露にされるその影の正体。

漆黒のアーミーブーツ、アーミージャケット、アーミーパンツにその身を包み、

そして顔にはその格好には不釣合いな能楽の獅子舞で使われる面。

大獅子の能面。

本来、黄金色であるはずのその面は翡翠色。

そんなことが能楽のことを知らない舞衣にわかるはずがない。

そんなことは関係なかった。

舞衣がその能面をつけた者から感じたのは圧倒的な存在感。

「またお前か。そんなことを言ってお前も一番地に利用されているだけだろうが。」

ヘルメットの女は能面と顔見知りらしく。

能面の言葉に反論する。

だが喉元に突きつけられた翡翠色の刃、小太刀がそのままである限り能面の優位は揺ぎ無い。

たとえ近代兵器である銃であれ、銃口が定まっていなければ意味が無い。

「何度もいっているだろう。別にあの組織と自分は関係ない。私は君の行う意味の無いことで危害を被る

そのお嬢さんやこの船の船員に迷惑だといっているんだ。」

能面は一瞬、舞衣のほうに視線を向け戻す。

「無意味だと。何も知らないHiME達が一番地に利用されるのを黙って見ていろとでもいうのか!!! 」

「あんな雑魚連中ではHiMEを完全に御することは出来ない。其れは君も―――」

能面はいきなり会話を中断し飛び退く。

ライダースーツの女にはそれが何故かわからない。

だがその瞬間。

「はああああああああ!!!!!!」

誰の者でもない第三者の声が天井から降ってきた。

降ってくるは救助された少女。

その黒髪のおさげを揺らしながら。

その手に掲げるは巨大な大剣。

ライダースーツの女も其れに気づき飛び退く。

標的を失っても大剣は止まらない。

救護室の床に深々と突き刺さり、その能力を発現させた。

床に亀裂が走り、救護室はこの日無くなった。

 

 

 

「痛っててて、思いっきりやりやがって」

楯祐一は意識を取り戻し頭を押さえながら立とうとする。

すると前方のほうから何か話し声が聞こえてきた。

「なんだ、今の音は?」

「中央のほうからだ。」

「救護室のほうからか。」

船員二人が何か話しこんでいるようだが祐一にはあまり関係ないような気がして、無視する。

意識が回復しだんだんと思い出してきた。

自分いきなり出てきた誰かに殴られ、あまりのことに意識を失った。

そしてアイツ、鴇羽舞衣は・・・。

「そううだアイツ、あいつは!」

 

 

 

爆発。

巻き起こる粉塵。

救護室の床は貫通しその下に存在する駐車場へと出る。

巻き起こる爆風の中、少女はうまく着地できず受身をとり、

コンクリートの床をごろごろと転げまわる。

中々止まらない勢い。

だがそれを先に着地を決めていた能面はしゃがみ込み受け止める。

「君も君で、面倒なことを起こしてくれる。」

少女は敵意をもった視線をぶつけるが。

だがその表情は一瞬で和らいだ。

「あ・・・に・・う・え――兄上!!!」

少女の口から出てきた言葉。

少女は能面に抱きつきそうな勢いで迫る。

先ほどまでとは考えられない和やかな表情を少女はしていた。

だがそれを能面は片手で静止する。

「何処で間違えたのかは知らないが残念ながら私は君の兄上ではない。」

能面は片手を少女の額に当て優しく諭す。

「そんなの嘘だ。その手は兄上のものと同じ手だ。命は騙されないぞ。」

命。そう名乗った少女は能面の言葉を断固として聞こうとしない

「だがそれが事実だ。すまんな、命。」

能面は立ち上がり振り返る。

先ほどから傍観を決め込んでるものと向かい合う。

目線の端に床で蹲り、荒い呼吸をしている舞衣を捉えながら。

「昔話に花でも咲かせたか・・・・・・兄上殿。」

そこにはライダースーツの女

メットが先ほどの衝撃のせいで真っ二つに割れ、その素顔が露になっている。

長い紺藍色の髪に整った顔立ちの少女。

能面はその少女の名を知っていた。

玖我なつき。

彼女にはその子悪魔の微笑が良く似合う。

「何を馬鹿なことをHiMEとして――」

能面は右手を下に向ける。

光が凝縮し現れるのは一刀の小太刀。

機械的で立体的な鍔に翡翠色の刀身。

「―エレメント、そしてチャイルドをよび出せるのは女性だけに限られている。」

それが一つの真実。

そうある例外を除いては・・・・・・。

「なら、だからこそ私はこれ以上集まらせるわけにはいかないんだ。あの風華の地にHiMEを!!!」

なつきは言葉と同時に三発の銃弾を能面に放つ。

能面は微動だにしない。

全て威嚇だと分かっているから。

だが。銃弾は全て弾かれる。

その手に大剣を帯び、能面の目の前にたった命の手によって。

「兄上は私が守る。」

顔をなつきに向け、命は真剣な顔でそう告げる

能面の事を兄上であると信じて疑わない命。

能面としても何か複雑な気分だ。

先ほどの自分が兄上であるはずだと告げたときの顔。

とても幸せそうな笑顔

「お前もお前で手を焼かせてくれる。」

なつきは顔を顰めると照準を能面と命に定め、銃弾を連発してくる。

その攻撃も全て威嚇。

「うわあ!!!」

小さな悲鳴を上げる舞衣。

舞衣は戦闘から逃げ出しトラックの荷台の影に隠れている。

命はその銃弾群をものともせず突っ込んでいく。

なつきは突進してくる命に対し真正面から迎え撃つ。

命は逆袈裟に切り上げる。

黒い扇を描く大剣の残像。巻き上がる火の粉。

とっさにしゃがみ込み難の逃れる、なつき。

だがなつきの後ろにあったトラックの荷台は右斜めに真っ二つにされ、

その断面はその摩擦熱の大きさにマグマのように赤く融解している。

もし直撃していたらなつきの上半身と下半身は離れていただろう。

「問答無用というわけか。ならば―――。」

「やめろっ。君は奴の手の平の上で踊らされているだけだ。」

なつきの後方から声。

それは能面。

その声と共になつきの自由は奪われる。

なつきはエレメントかチャイルドの能力かと思ったが、そうではないことに気づく

自分の身を捕縛しているのは鉛色の二本は糸。

鋼糸。

それが自分を絡めとり、自由を奪っている。

その鋼糸の元にあるのは能面の左手に握られた二つのワイヤーリール。

「それに、HiME同士戦うことは許されない!!命、お前もだ!!!」

興奮しているためか、口調が荒くなっている。

能面に取って、それほど禁じえなければならないものだった。

HiMEって・・・・・・。」

影からこの戦闘をまじかで見ている舞衣はそう呟く。

何がなんだか分からないが彼女らがそのHiMEだといことが舞衣にも分かった

命は能面の言葉に戦闘行動を停止するが、なつきはそうはいかない。

「お前もそのHiMEだろうが!!デュラン!!!」

呼び声と共になつきを中心に体感温度が一気に下がる。

突然現れた氷塊。

それが砕け姿を見せる。それはまさに銀狼。

両側に砲門を背負い。

機械的なその姿。

絶対的な存在感が一帯を包み込む。

チャイルド。

HiMEの想いを糧に成長する異形の子。

その力は強大の一言に尽きる。

GO!!!」

なつきはデュランに命令を下す

それに応じデュランは能面へと襲い掛かってくる。

瞬時になつきに巻きつけた鋼糸をはずし、

襲い掛かってくるデュランの牙に小太刀の刀身をあてがい強引に弾き飛ばす。

だがさすが狼。

その柔軟な肉体を持って見事に着地を決める。

能面も自らのチャイルドを呼び出し応戦するべきなのだが

ここでは狭すぎて(・・・・)呼ぶのは不可能。

かすかに駆動音。

デュランが砲弾を装填しているのに能面は気付く。

命もまた同様のようだ。

能面と命は危険を感じ取り、

回避するために走り出すが間に合わない。

砲門から連続に放たれる砲弾。

着弾、爆発。

直接当てる必要は無い。吹き飛ばせば良い。

グレネード弾。

爆風に巻き込み吹き飛ばされる能面と命。

駐車場の壁にも大穴が開く。

燃え上がる炎。

それに伴い発動したスプリンクラー集中豪雨のような量の水を吐き出し。

火災を消化していく。

「ちっ。」

なつきはもうこれ以上ここでは戦えないと踏み、デュランを引き連れ非常口から甲板に向かう。

瓦礫の山から這い出し。

命も甲板へと向かう。

その瞳は先ほどまでのものとは違う。

深く暗い瞳。正気を失った眼だ。

まるで人形のような。

今彼女の中にあるのは、敵対者への破壊衝動のみ

「止めなければいけないというのに、何という様だ。」

能面は呟く。

周りの被害、そして命のこと。

自分は何一つ止められていない。

やはり彼女達を完全に叩き伏せなければならないのか?

そんなことを考えながら能面もまた命を追いかけ走る。

スプリンクラーの雨で濡れた大獅子の面はまるで泣いているかのように見えた。

「なんじゃ・・こりゃ・・・。」

突然目の前で起こった非常識極まりないことに舞衣はとぼとぼと歩くしかなった

 

 

 

《乗客の皆さんにご連絡いたします。

ただいま、車両甲板のほうで火災が発生したもようです。》

そんな放送で乗客たちが避難の準備をするなか、楯祐一は救護室に来ていた。

いや、救護室であった場所に。

そこは今ではドアしかなくなっており、下の車両甲板が丸見えになっている。

炎によって蒸発するスプリンクラーの水が嫌な湿気を帯びた空気を送ってくる。

「君も早く!!」

祐一もまた通り過ぎていく船員に避難を即される。

それに従おうとした瞬間。

捜し人がの姿がその眼に飛び込んできた。

「おい!!!」

祐一はその人物に声をかける。

祐一が見たのは車両甲板の中を危なげな足取りで歩く舞衣の姿だった。

 

 

 

「よこらっしょ。」

「はぁ、ありがとう・・・。」

祐一は車両甲板から舞衣を引き上げる。

舞衣の瞳はどこか虚ろで生気が無い。

一言で言うならば慢心相違。

祐一はそんな舞衣の顔を見遣る。

そうすると祐一も見つめ返される。

弱々しい舞衣を見て、祐一は正直可愛いと思った。

だがそこで恋に発展したりは早々しない。

「ふぁっ!!!!!!!」

舞衣の瞳が見開かれ、目の前の祐一の顔に左フックを決める。

ほとんど力が入っていないためそんなに痛くは無いが、突然のことなので祐一は驚く。

「何?何なのあれは?何なのよ?教えてよ!教えてってば――」

舞衣はポカポカと祐一を殴る。

何処に向ければいいかわからない感情を、舞衣は祐一にぶつける。

「何の話だよう。」

祐一は頭をおさえながら舞衣の攻撃に耐える。

訳が分からない

何も言われもないことで殴られ哀れな祐一であった。

 

 

 

「痛えなあ・・・もう・・・」

「まあ、とりあえずおあいこって事で・・・。これで貸し借りなしね。」

祐一と舞衣は他の乗客と同様、自分達も避難するため早足で非常口へ向かっていた。

先ほどのことを舞衣も反省しているらしく、顔には苦笑いを浮かべている。

「何の話だよ。」

「セクハラのこと。」

舞衣にそう言われ思い出してしまったのか祐一は顔を朱に染める。

「言いがかりだ!!」

祐一の足が速まる。

何分自分にも心当たりがあるので言葉の否定しか出来ない。

「だから帳消しにするって言ってるでしょ。」

そうこう言っているうちに二人は先ほどまで居たラウンジへと辿り着く。

乗客は皆、避難したのかラウンジは静まりかえり、人の気配は皆無といっていい。

「みんな大慌てで避難したみたいだな。」

「はあはあはあ・・・。」

走ってきたせいか諸事情で体力を消耗している舞衣は呼吸が荒い。

「こんなんじゃ先が思いやられるわ。ねえ風華学園ってどんなとこ?怪しい学校じゃないでしょうね?」

ここまでいろんなことに巻き込まれると舞衣は自分が転校する学校も疑いたくなってくる。

「何言ってるんだ?んな訳ねえだろ。普通の学校だよ。」

「よし明日からは普通に学校だ!」

こうして舞衣は決意したのだった。

「ほら、行くぞ忘れものしたなんて言うなよ」

祐一に急かされ舞衣もついて行こうとするが

頭の中で何かが引っかかる。

祐一の忘れ物という言葉に。

そこで思い出す自分の自室での行動、そして小さな薬入れ。

「はあ!!あっちゃー・・・。」

自分の重大なミスを思い出し舞衣は額に手を添える。

巧海の薬。

あれほど大事なものを忘れるとは姉としこの上ない失態だ。

「おまえなあ。ちょっおい!!」

舞衣があらぬ方向に走り出すのを見て祐一は声をあげる。

客室の方向。

舞衣が向かってる先を見て祐一も其れを追う。

お人好。自分はそう呼ばれる人種なのだと祐一はほとほと思った。

 

 

 

コンクリートの床を這う火の粉。

それを作り出すのは黒き大剣そして担い手。

飛び交う氷の弾丸。

主の命に従い猛襲をかける銀狼。

それを間で押さえ込む二刀の翡翠の刃。

其れはまさに三つ巴の戦い。

HiMEは最早、集まってしまっている。これ以上増えようと変わらない。」

翡翠の刀身が閃く。

だが、目の前のものを全て敵と認識した命には能面の言葉など通じない。

なつきとデュランも然り。

能面が両手に一刀ずつ握った翡翠色の小太刀は、

デュランの牙と命の大剣を一刀ずつで受け、押し合い拮抗している。

命とデュランに挟まれる形。

能面のすごさが伺える。

「命!お前も正気に戻れ!!」

能面の怒号と共に空気が震える。

命の耳を打つ旋律。

空間を捻じ曲げるような衝撃波。

それが能面から、いや正確にはそのエレメントである小太刀から放たれる。

視認出来るほど凝縮された空気の波。

直撃を喰らう命とデュラン。

双方、反対方向に五メートル弱、宙を舞い。

弾き飛ばされる。

デュランはさすがに受身を取れず床に叩きつけられ、

命もまた同様に大剣を取り落とし床に伏せっている。

「デュラン!!!」

自らのチャイルドを心配する声。

なつきは能面にむかって自らのエレメントである銃を構える。

放たれる二発の氷の銃弾。

今回は威嚇ではない。完璧な狙いで打たれた弾丸。

だが着弾する寸前、能面の姿が霞のように掻き消える。

なつきが驚きで眼を丸くしている、そんな暇もなく襲ってくるのは鈍痛。

能面が再び現れたのはなつきの目と鼻の先。

なつき上腹部、鳩尾には能面の左掌底が深く突き刺さっていた。

その反動で後方に飛ばされるなつき。

眼も前にいる能面のHiMEとは何度も鉢合わせることは合ったが、

戦うことはなかった。

だが一度事を構えたらどうだ。この実力差。

「今回は引け。そして、この風華の地で三百年、いや幾千年もの時を越えて起こった悲劇を調べてみろ。

そうすれば全てが分かるはずだ。なぜHiMEというものが存在するのか・・・。その訳が・・・。」

真剣になつきに諭す、能面。

なつきの前に立つ能面はどこが悲しげに見えた。

 

 

 

「ない!ない!ない!どうしてよ!!」

「俺が知るかよ。」

自室に辿り着いた舞衣は床に落ちている衣服を全て

見てまわるが薬入れを見つけることが出来ない。

「何、探してんだよ。」

「小さなケース!薬が入ってるの!!」

祐一は舞衣の言葉きいてなんとなく目線を足元に向ける。

目に入るのはピンクの布。

男の自分が絶対、着用することのない代物だ。

その脇から白い何かが頭を出しているのを見つけ、ピンクの布を躊躇いがちに足で寄せる。

そこにあったのは今話しに聞いた小さな白いケース。

 

 

 

「それならばお前に直接教えてもらう。デュラン!!!」

先程のダメージから回復したデュランがなつきのすぐ横にやって来る。

堂々とした構え。

我が主にふれるなとでも言うかの様に

「ロードシルバーカートリッジ!!!」

勿体ぶるな其れならば能面を戦闘不能にしてでも聞き出す。

それがなつきの答え。

先程までとは違う絶対的ともいえる気迫。

これがたぶんなつき最大の奥の手。

能面が今から逃げたとしても、行き着く先はすべて射程内。

「撃てっ!!!」

砲門から立ち上がるマズルフラッシュ。

砲弾が発射され、宙を舞う途中、まったく違うものへと変わった。

氷塊の群。

氷河からそのまま切り出してきたかのような其れは月明かりが反射し光沢を帯びてさらに巨大に見える。

其れを見て能面は覚悟決める。

もちろん倒される覚悟ではない。

チャイルドを呼び出す覚悟だ。

別に能面は自らのチャイルド知られるのが嫌だから、この甲板上での戦闘中、呼ばなかったのでない。

手加減が利かなくなるから・・・。

だがその覚悟は不意に終わることになる。

「兄上は殺らせない!!!」

氷塊の目前に飛び出してくる。

命。

その眼は先ほどまでの正気を失った眼ではなく。

能面のことを兄上だと言葉に出したときの者に戻っている。

「はああああああああああ!!!」

命は自分の体重より確実に重い、その大剣を振り回し甲板のコンクリートに突き刺した。

自らの力の全てを使い。

そして、大剣の能力を発動させる

この時、このフェリーの運命は決まった。

 

 

 

「もしかして此れか?」

祐一は自分の足元に落ちていた。

白い入れ物を拾い上げる。

舞衣は振り返り、その白入れ物を視界に入れる。

そして祐一に向かって、いやその白い入れ物、薬入れに向かって指さした。

「それ―――」

だがその会話は分断される

その部屋ごと。

切断されたのだ、部屋中央からせり上がって来た巨大な鉄の刃によって。

舞衣と祐一の距離が離れていく。

ありえない。

二人はまったく同じ言葉を心の中で呟いていた。

文字通り両断されたのだ。

この部屋が、この船が。

舞衣が見るのは遠く離れていく祐一と船の断面。

祐一が見るのは遠く離れていく舞衣と船の断面。

二人は呆然とすること数秒。

またも同じことを考える。

浮かんできたのは一つの単語。

“沈没”

こうしては入られない。

こんな歳で死ぬのはごめんだ。

舞衣は即座に立ち上がり、天井の通気口を見つけると。

声を大にして祐一に叫ぶ。

「それ巧海に渡して!!!頼んだわよ!!!!」

祐一もその言葉に立ち上がり薬入れをポケットに入れる。

「ああ俺が生きてたらな!!!」

祐一もまた部屋の出口に向かって走り出した。

「こんなところで。こなところで。こなところで。こなところで。」

通気口からダクトを潜り抜け、甲板への非常梯子を見つける。

のぼる、のぼる、のぼる、のぼる。

今の舞衣を動かしているのは生への執着と弟、巧海をおいて逝けるかという思い。

見えてくる出口。

その天板を思いっきり開け放ち。すごい勢いで飛び出る。

そして最初に眼にしたのは

空から降ってくる黒髪の少女だった。

 

 

 

能面は宙を舞っていた。

だからといって何処かの猫型ロボットのように空を飛んでいるわけではない。

HiME同士の大きな力のぶつかり合い。

喩え命のエレメントがどんなに他のHiMEより優れていようとも。

チャイルドの最大級の攻撃の前では歯が立たたない。

実質押し合いに負けた自分達は衝撃の余波に巻き込まれ吹き飛ばされている。

能面が命を後ろから抱える形で。

命はアレで精一杯だったのか、気を失ってしまっている。

甲板はもう少しで途切れ、海上にさしかかろうとしていた。

この地球に重力というものがある限り、能面と命はこのまま海に落下するだろう。

そして、気を失っている命は今度こそ助からない。

能面は苦渋の策として命を甲板へと投げ飛ばす。

命は船尾へと落下していく。

空中では勢いが付けられないため自らの筋力が頼りだがどうにかなったようだった。

これで大丈夫だ。身を包む安心感。

能面は落ちていく。

あの蒼さを失い、今は闇の塊に成り果てたその大海へと。

「カグラ・・・。」

能面が海に飛び込んだ瞬間。

水面は翡翠色に輝いていた。

 

 

 

舞衣は降ってきたその少女を受け止める。

いや飛び込んできたといったほうが適切だ。

其れと同時に舞衣の耳に入ってきたのは狼の咆哮。

舞衣はこれに聞き覚えがあった。

車両甲板でみたあの銀狼。

それが今は自分に襲い掛かってくる。

正直、舞衣はもうだめだと思った。

その考えを舞衣は新ためる。

諦められないのだ。

自分は巧海をおいて一人で死ぬわけにはいかないのだ

そう思った瞬間。

舞衣の周囲に赤い光が生まれる。其れは炎。

炎は舞衣を守る鎧となり、銀狼、デュランを弾き飛ばす。

だが舞衣には何が起きたのか分からなかった。

「おい!」

上からいきなり降ってきた声。

舞衣は声のした方に目線を向ける。

そこにはエレメントである銃を構えたなつき。

なつきは舞衣に向かって間髪いれずに銃弾を放つ。

「きゃっ!!」

あまりに突然のことに舞衣は眼を瞑ってしまうが、銃弾がその身に届くことはない。

炎が舞衣を守っているから。

「そういう事か、お前にもあの星が見えるんだな。」

舞衣はなつきにそう言われ月の脇に控える紅い星を見上げてしまう。

なつきはそれを肯定ととったのか眉間にしわを寄せ顔をしかめる。

「あの狸が!!これではアイツの言うとおりまったくの無意味だ。

私はとんだ破壊魔ではないか。おいお前、警告だ。風華学園には行くな!!!」

自分への嘆きと共に

なつきは舞衣に向かって告げる。

「行けばお前は死ぬ。」

衝撃的な一言だが、舞衣に何か分からない。

そんな事は気にせずなつきはデュランと共に去っていく。

舞衣は何が何やら分からず呆けている。

だが事態はそんな暇も許してはくれない。

沈んでいく。今自分が立っているこの船が。

「わっわあ。」

悲鳴を上げたところでそれは変わらない。

足場は傾きすべり落ちてゆく。

60度、70度、80度、90度。

最早抵抗の仕様もなく。

舞衣と命は大海へと飲まれていった。

苦しい。息が出来ない。

無常にも制服が水を吸い舞衣の体力を奪っていく。

意識が闇に沈んでいく。

だが其の時舞衣は見た。

黄金に輝く何かを。

 

 

 

「そんな、アイツはまだ。」

避難した乗客が群れを成す。ボート群。

祐一は自力で泳ぎきり、ここまで辿り着いていた。

だが先ほどまで一緒にいた鴇羽舞衣の姿がそこにはない。

だとすれば考えなければならない。

最悪の可能性を。

「お姉ちゃん、そんな。お姉ちゃん!!!」

巧海は叫ぶ。

自らのたった一人の肉親である姉を思って。

だが無常にも船は沈んでいく。

水飛沫を上げ、闇に覆われた海底へと。

巧海にはその光景がお前の姉は助からないと告げているようだった。

 

 

 

「待ちくたびれたよ、ホントに。」

水晶宮。

風華の敷地内の中心に位置するこの建物。

神秘的な雰囲気を醸し出す

その上にいるのは白髪の少年は笑顔浮かべる。

この少年を一言でいうならばそれは邪悪。

たとえ見た目は人間でもその笑顔の本質は悪魔の其れだ。

少年片手に読みかけの本を持ちながら、ある方向を向き薄ら笑いを浮かべている。

その先には真っ二つに割れ沈んでいくフェリー。

「舞-HiME他一名様、ご到着っと。」

まるで執事が主に向かって礼を尽くすように頭を下げる少年。

「さあて段取り♪段取り♪うわあ――」

頭に本を載せて踊っていたせいか。

少年は足場踏み外す。

天罰、もしそれが存在するならば此の事を言うのかもしれない。

 

 

 

虫の声が聞こえる。

能面が海から上がって最初に感じたこと。

ここは風華学園の敷地内。

女子寮の裏手に当たる、林の中。

能面がここに居るのは海に面したこの風華学園の特殊な地形のため

昼間は人も来ることはあるが、今は夜。

男子女子ともに寮には門限があるため、この時間、滅多に人が来ることはない。

「大変でしたなぁ。能面はん♪」

其れだというのに人の声。

だが能面は、警戒はしない。

その気配が見知っている人物の者だったから。

「それは俺に対する嫌味か?静留。」

先ほどまで、なつきと相対していたときとはまったく異なる声質。

それはそうだろうこれが標準なのだから。

能面はこの面を被っているときは口調を変えているのだ。

今のほうがずっと男っぽい。

能面は固く縛られた面の結紐に手をかけ、

水中でも外さなかった、その面を外す。

現れるのは鋭い切れ長の眼に端正な顔立ち。

それは高町恭也その人のものだった。

「そうや言うたら。どないします?」

「次からはお前の頼みごとを利かん。」

「ああ、それだけは堪忍やあ。」

泣きまねをする静留。

浴衣姿に上着を羽織っただけの格好。おそらく就寝前だろう。

恭也は其れを見て大きなため息を付く。

これがこの二人のいつものやり取り。

「はい、取り合えずタオル。着替えはバイクのほうに置いておいたさかい、後で適当に着替えてえな。」

そういって大きめのバスタオルを恭也に渡す静留。

その顔は先ほどまでとは違い真剣でいて穏やか。

恭也は寮住まいではない。市街地にあるマンションに部屋を借り、そこからバイクで通っている。

恭也本人は金が掛かるから良いと言ったのだが

なぜか母である高町桃子はそれを許さなかった。

『ダメ♪寮だと女の子を連れ込めないでしょ、恭也には早く孫をつくってもらわなきゃいけないんだから〜?』

そんなことを笑いながら言う親がいるか。

あの一言が今でも恭也には分からない。

「いつも、すまん。」

恭也は受け取ったバスタオルで髪を拭きながら礼を言う。

先ほどまでとは違いこちらも真剣だ。

「うちとの約束と頼みちゃんと守ってくれてるやないの。そのお礼や。」

「俺が守っているとは限らないだろう。」

口元に笑いを浮かべながら恭也は悪戯っぽくそう告げる。

「あんたは守ってる。なつきが今日も無事に帰ってきたのがその証拠や。手加減してくれたんやろ?」

その言葉に恭也は眼を丸くするが、静留は終始笑顔を浮かべている。

恭也はいつも思う自分は友人であるこの藤乃静留には一生掛かっても敵わないだろうと。

「アレ?そういえばお連れさんは?」

「何だお連れさんって。」

静留の言葉に恭也が疑問で返す。

話の意図がわからない。

「いたやないの黒い髪で大きな剣持ってる娘とオレンジ色の髪の娘。」

その言葉に恭也は固まる。

そのことは当事者しか知らないはずだ。

「静留・・・なんでお前がそれを知っているんだ。」

恭也は頭を押さえながら聞いてみる。

聞かずとも答えは分かっているが。

「女の感――「ならその右手に持っているのは何だ?」」

恭也はそんな静留のお約束な答えをバッサリ切捨て

静留の持っているものについて指摘する。

標準よりかなり大きな双眼鏡と付属物であろう脚立。

「すごいでっしゃろう。何でも米軍海兵隊が使てる暗視機能のついた双眼鏡らしいですぅ。

改造してもろて、一キロ先まで見えるようにして貰いましたわ。」

ばれたことを良いことにこれみよがしに自慢してくる静留。

恭也は其れを聞いて項垂れる。

そんなことより、恭也はどこでそんなものを手に入れてくるのかが知りたい。

「見てたのか?」

「はいそれはもうバッチリと!!」

恭也は白い眼で静留を見るが、この屈託のない笑みには敵わない。

「でっ?どないしたんどす?もしかして・・・・・・」

見殺し?

今度は静留が白い眼で睨んでくる。

正直怖い。

「違う、助ける必要がなくなったからだ。それでなければきっちり救助してくる。」

「ならなぜ?」

本当に不思議そうな顔の静留。

滅多に見れないものだ、恭也にとっては面白い。

「其れは俺にも分からない。だが生きていればこの学園に来ることになる。彼女達もHIMEなのだから・・・。」

「そうですな・・・。」

少し暗い雰囲気になってしまう。

静留には全てではないが恭也に聞かされHiMEの真実について知っている。

それに彼女もまたHiMEの一人だから。

「細かいことは明日、学園で話す。今日は正直、疲れた。

お前もずっとここにいて見ていたのなら体が冷えているだろう風邪をひくぞ。さっさと寮に帰って寝ろ。」

其れは恭也なりの静留に対する労いの言葉。

「あんさんもな。」

静留もまた同様の言葉をかける。

この二人を世間では親友と呼ぶのかもしれない。

静留と別れ恭也は海中でのことを思い出す。

恭也は自らのチャイルドであるカグラと共に水中に身を潜めながらも甲板での事を知っていた。

そして、舞衣と命を助けるために沈んでいくフェリーに近づいたとき。

恭也自身が手を出す前に、金色の影が少女達二人を救った、。

形は違えど、三百年の昔あれと同じものを恭也は見たことがあった。

「カグツチ・・・。」

恭也はその名を口にする。

それは炎を司りし最強の火竜、そのチャイルドの名。

夜が更けていく。

こうしてこの長い夜は幕を閉じた。

 

 

 

わいからない

自分は死んだのか?体にまとわりつく水分。

決して気持ち良いものではない。

息が吸える。呼吸が出来る。

舞衣の鼻を何かがくすぐる。其れは土の香り、草の感触。

舞衣は自分の状態がわからない。

ここはどこ?

疑問の答えを求め、舞衣はここで初めて自らの瞳を開く。

眼に飛び込んでくるのは眩いまでの太陽の光。

視覚、聴覚、触覚、味覚、視覚。

五感がだんだんと回復していく。

聞こえてくるのは人の声、其れも大勢の。

ここで鴇羽舞衣は我に返った。

眼の飛び込んでくるのは太陽の光だけではない。人の群れ。

何か巨大なもので削られたかのような芝生、剥き出しになった土。

円形に緑の芝生が倒れ付し、その周りを囲む小さな炎で出来た円線。

ミステリーサークル。

その中心にいる海水でずぶ濡れになった制服を着た舞衣と気を失っている命。お約束のごとく置いてある大剣。

それに奇異の視線を向ける人、人、人。野次馬の群れ。

「な、な、な、何よこれーーー!!!!!!!」

自分が何をしたのだと言いたげに。

鴇羽舞衣の無情の叫びがここ風華学園の校庭で天高く響き渡ったのだった。

 

 

 

 

 

 


こんにちは枕菊聖です。

 

書きあがりました。1th Step。

どうでしょう私のSSの恭也は?

恭也が高校の二年間もっと人付き合いをして友達が沢山出来ていたらという、

コンセプトで書いてみました。

結果、美由紀に対する口調をそのまま皆にも使っている恭也になってしまいました。

そんな訳で、

ではまた2th Stepでお会いしましょう。




遂に始まった物語。
美姫 「導かれるように風華学園へと集うHIMEたち」
さてさて、どんなお話が待っているのかな〜。
美姫 「二年間の人付き合いによって、少し丸くなった恭也」
こんな恭也も面白いな。
美姫 「うんうん。次回も楽しみに待ってますね」
待ってます。



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