放課後、一年椿組の教室・・・・・・

 

「乃梨子・・・・・・帰ったの?」

 

教室に乃梨子が既にいないことに、志摩子はため息をついた。

 

「申し訳ございません・・・・・・」

 

瞳子が、本当に申し訳無さそうな顔をして謝った。

 

月曜から、乃梨子の様子がどこかおかしかった。

 

志摩子は、乃梨子に理由を尋ねようと昼休み、そして放課後と一年椿組を訪れた。

 

だが昼はどこかへ行ってしまったようで、教室にも館にもいなかった。

 

「いいえ、瞳子ちゃんのせいでは無いわ・・・・・・。悪かったわ、心配かけて」

 

そう言った志摩子の顔は、やはり暗いものだった。

 

「あの・・・・・・明日一番に、白薔薇さまのところへ行くように伝えましょうか?」

 

瞳子は、そう志摩子に進言すると、志摩子は少し考えて

 

「そうね・・・・・・。それじゃあ、瞳子ちゃん、お願いしてもいいかしら?」

 

「はい、承りましたわ」

 

瞳子は、志摩子の命を受けて教室に戻っていった。

 

実は瞳子も浮かない顔をしていたのだが、乃梨子のことで頭がいっぱいだった志摩子は気が付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『二条ってさー、いつも仏頂面してるわよね』

 

『それってさー、ホトケサマだからじゃないのー?』

 

『ホントにつまらないよね、二条って』

 

そう、私はつまらない人間。

 

小学校の卒業文集に、『将来の夢』という題で作文を書いた。

 

『仏師になりたい』

 

それが私の将来の夢だった。

 

そんなことを書いた私は、みんなから笑われた。

 

『変なヤツ』と言われて、一斉に私のことをからかってきた。

 

中学になってもそれは続いた。そのうち、私はそれに反応しなくなった。

 

周りは、『つまらない』と言って相手にしなくなった。

 

いつしかそれを、当たり前のように受け止めていた。

 

悔しくなかったわけではない。本当は嫌だった。

 

だけど、私が何かするたびに周りが騒ぎ立てる。

 

だから、感情を表に出すことをやめるようになった。

 

『仮面』を被ったのだ。

 

幸い、頭は良かったし問題も起こすわけでもなかったので、先生受けは良かった。

 

クラスでも、浮いてはいたが問題になるようなレベルでもなかった。

 

いつしか、みんな私のことをからかうのをやめ、上辺だけでは付き合えるようになった。

 

『仮面』も、みんなが楽しそうなときはそれに合わせて付け替える。

 

何か言われたら、機械的に怒ったりもした。

 

だけど、当然それは楽しいものでは無い。

 

自分の吐く言葉は意味を失い、耳に入る言葉を意味をなさない。

 

自分のことをつまらない、と言う人間の気持ちがわかる。

 

だって、私自身だってつまらないのだから。

 

 

 

この世界は、どんな色をしているのだろうか。

 

みんなにとって、この世界は何色に見えるのだろうか。

 

私にはわからない。考えたこともあったけど・・・・・・判らなかった。

 

だって、みんなに『青』として見える色だって・・・・・・私には『赤』なのかも知れないから。

 

 

 

初めて、自分が色の認識を持ったのはあの時・・・・・・。

 

桜の木の下で、志摩子さんを見たとき。

 

何も無かった世界に、初めて『白』という色が生まれた。

 

それから、私の世界は『白』で構成されていった。

 

いつしか仲間が出来て、『白』の中にいろんなものが生まれた。

 

だけど、あくまで世界の構成は『白』を中心に成り立っていた。

 

 

 

きっと、『白』という色の志摩子さんを失ったら、生きていけない。

 

でも、ある日私は、『黒』という色を知った。

 

それを色づけたのは、高町恭也くん・・・・・・

 

最初は、『黒』を知っただけだった。

 

いつのまにか世界に『黒』が混じるようになり・・・・・・

 

私は、『黒』という色の世界を欲していた。

 

だけど、恭也くんを欲しているのは私だけではない。

 

祐巳さまも・・・・・・そして、志摩子さんも・・・・・・。

 

恭也くんと再会したとき、志摩子さんは『お姉さま』ではなかった。

 

その目は、私を映してはいなかった。

 

『異性(おんな)』の目をして、恭也くんを見ていた。

 

そのとき、私は恭也くんに嫉妬した。

 

自分の世界を彩る人が取られそうで・・・・・・少し悔しかった。

 

でも、今は違う。

 

あってはならないこと・・・・・・

 

私は、志摩子さんに『異性』として嫉妬していた。

 

志摩子さんの笑みが、私に向けられないことに嫉妬しているのではない。

 

恭也くんに向けられていることに嫉妬していたのだ。

 

 

 

私は志摩子さんのことが大好きだ。

 

志摩子さんがいなかったら、今の私は無かった。

 

暗い・・・・・・そして昏い世界が広がるだけ・・・・・・。

 

 

 

私にはどっちかを選ぶことなんてできない。

 

どちからを選んで、どちらかを切り捨てれば、きっと私の心が壊れてしまう。

 

なぜなら、私は『仮面』を被るのをやめてしまったのだから。

 

 

 

だから、私は再び『仮面』をつける。

 

『志摩子さんの妹』、そして『白薔薇のつぼみ』として。

 

捨てることが出来ないのだから・・・・・・考えるのをやめる。

 

志摩子さんに・・・・・・嫌われたくない。

 

 

 

『白』と『黒』は、同じ世界で共存することは出来ないのだから・・・・・・。

 

 

 

真っ暗な部屋に、突然明かりが灯って乃梨子は我に返る。

 

「乃梨子、どうしたんだい・・・・・・電気もつけないで」

 

菫子は真っ暗な中、乃梨子が制服のまま椅子にもたれている姿に心配顔だ。

 

乃梨子はそんな菫子に「なんでもないよ」と笑い返して

 

「夕御飯にしよう?」

 

と、タイを解きながら菫子を台所へ促した。

 

タイに、志摩子からもらったロザリオが引っかかり・・・・・・

 

チャラ・・・・・・と音を立てた。

 

「リコ、ちょっと手伝って」

 

菫子の声が聞こえて、乃梨子は台所へ向かった。

 




乃梨子の心情…。
美姫 「色々と複雑なのね」
果たして、この悩みから解放される時が来るのか。
美姫 「それとも…」
次回以降も気になりますな〜。



頂きものの部屋へ戻る

SSのトップへ