「で、何があったの月咲ちゃん・・・・・・」

 

誤解をして問い詰めたことに、志摩子が必死に恭也に頭を下げている中、

由乃は月咲が泣いていた理由を聞いていた。

 

「いえ・・・・・・。さっきも説明したように、目にゴミが・・・・・・」

 

「月咲ちゃん」

 

由乃は月咲の顔を両手で挟み、顔を近づけた。

 

「私はね、本当のことが聞きたいの」

 

目を逸らそうとした月咲を、『逃がさない』というように捕まえる。

 

月咲は、由乃の目を見て・・・・・・それから観念したようにため息をついた。

 

「恭也さまを見て、兄を思い出したのです。今、私が知り合いのお宅で厄介になってますので・・・・・・」

 

「あ、判る。恭也さんって、まるでお兄さんのような暖かさ持ってるよね」

 

「そうなんです。それで、少し兄を思い出してしまって・・・・・・」

 

月咲の言葉に、由乃がふと思い出した。

 

「ああ、じゃあ最初恭也さんを見たときに『似ている』って言ってたのは、月咲ちゃんのお兄さんのことだったのね」

 

その言葉に月咲の顔は一瞬の翳を落としたのだが、一人納得している由乃は気が付かなかった。

 

 

 

「本当に・・・・・・もう、なんと謝罪したらいいのか・・・・・・」

 

一方、恭也の方は、ひたすらに平謝りの志摩子に恭也が困っていた。

 

「いや。志摩子・・・・・・本当に気にしないでくれ」

 

泣かせた原因について、自分に覚えが無いことで責められそうになったとはいえ、これだけ頭を下げられると、まだ怒られる方が気が楽だ。

 

そのとき、祥子や祐巳たち他のメンバーが来たので、ひとまずこの場は収まった。

 

 

 

そして、今日は舞台は使えないので、館でセリフあわせをする。

 

既に令・祥子・乃梨子・恭也が台本無しであわせをしていた。

 

瞳子は演劇部があるので、今日は出席していなかった。

 

花寺のメンバーも毎回は来ないので、今日は山百合メンバーに恭也と可南子、月咲、そして生徒会長の祐麒を加えた面子だった。

 

空いたメンバーの部分は、祥子と令、そして恭也が代役として読む。

 

半分くらい通したところで祐巳は

 

「あの・・・・・・なんでこんなに早くセリフを、全部覚えてらっしゃるのですか?」

 

自分の姉に、そう聞いていた。

 

「あら、それは私たちが書いたんだもの。覚えていて当然でしょ?」

 

今度はその視線を恭也に向けると・・・・・・

 

「頼む。聞かないでくれ・・・・・・」

 

さすがの祐巳も、言わんとするところを察して乃梨子に視線を送ると・・・・・・

 

「いえ、何だかいつもやってることと大して変わらないので・・・・・・」

 

祐巳は、『いつもの光景』を想像して、少し笑うと

 

「祐巳さま・・・・・・意地悪ですわ」

 

可南子が、赤い顔をして拗ねていた。

 

祐麒は、そんな可南子の表情を見て笑みを浮かべると・・・・・・

 

可南子は祐麒の視線に気が付き、あからさまに不機嫌な顔に戻ってしまった。

 

そんな可南子のことを、悲しそうな目で見ている祐巳に気が付かずに・・・・・・。

 

 

 

台本を一周すると、休憩時間となった。

 

可南子は、無言で館を出て行く。

 

それから少し歩いて、中庭へ出てため息を吐くと

 

「可南子ちゃん・・・・・・ちょっと来て」

 

館から出てきた祐巳が、可南子の腕を掴んで温室に引っ張っていった。

 

「ねえ、可南子ちゃん・・・・・・祐麒が可南子ちゃんに何か言ったの?」

 

祐巳は、可南子の顔を見て心配そうにいった。

 

「いえ。別に祐麒さまは、私に何かしたわけではありません」

 

「じゃあ何で・・・・・・」

 

「祐麒さまは、祐巳さまの弟ですが・・・・・・男だからです」

 

可南子は、祐巳の目を見据えてそう言った。

 

「祐巳さまはわからないでしょうけど、男は最低の生き物です。欲が強くて・・・・・・女のことを振り回すんです」

 

「そんなこと・・・・・・」

 

祐巳が口を挟もうとするが、可南子は構わず続ける。

 

「そして、損をするのは全部女の役目です。好き勝手やって・・・・・・男は省みることすらしない」

 

「違う・・・・・・違うよ、可南子ちゃん」

 

「何が違うのですか?祐麒さまですか?それとも黒薔薇さまのことですか?ええ、あの人たちは一見優しそうに見えますね」

 

可南子はふっと笑い、そして・・・・・・

 

「優しそうな男が・・・・・・一番最低なんですよ」

 

「え・・・・・・?」

 

「優しそうなのは、自分に優しくして欲しいから。つまりは、その人を自分の物にしたいという欲望から出来ているんですよ」

 

祐巳は、可南子の言いたいことが判らなかった・・・・・・

 

「特に、誰にでも優しい人間が最低です。誰にでも優しいと言うことは、裏を返せば誰でもいいってことですから。そして、誰かを選んで男は去っていく」

 

可南子の口調とは裏腹に、顔はどんどん暗くなっていく。

 

「そうして、男は残された女のことを忘れ、何事も無かったかのように接してくる・・・・・・」

 

「可南子ちゃん・・・・・・?」

 

「祐巳さま・・・・・・気をつけてください」

 

可南子は、祐巳を見た。

 

「祐麒さまだって・・・・・・黒薔薇さまだって・・・・・・そんなひと・・・・・・」

 

 

 

パンッ・・・・・・!

 

 

 

温室に、乾いた音が響いた。

 

可南子は、自分の左頬に走った痛みを認識できなかった。

 

目の前の、今まさに自分を叩いた女性が・・・・・・泣きながら可南子を見ていたからだ。

 

「なんで・・・・・・なんでそんなこと言うの?」

 

「祐巳さま・・・・・・」

 

「可南子ちゃんは・・・・・・祐麒のことも・・・・・・恭也さんのことも知ってるの?」

 

「知る必要なんか・・・・・・」

 

「駄目だよ!何も知らないのに・・・・・・そんなこと言わないで!」

 

祐巳は、可南子の両腕を掴んで、可南子を見上げて叫んだ。

 

「私も可南子ちゃんの事情を知らない・・・・・・。もしかしたら、可南子ちゃんの見てきた男の人はそうだったかもしれない・・・・・・」

 

でも、と、祐巳は目に強い意志をこめて

 

「あの二人は違う!恭也さんは・・・・・・私のことを助けてくれたんだよ。お姉さまの力になれないって泣いていた私を助けてくれた」

 

可南子は、祐巳の言葉に顔をそむけた。

 

「祐麒だって、私が生まれたころからずっと一緒にいるのよ!?不器用だけど、私が困ったときとか・・・・・・いつもそばにいてくれる・・・・・・」

 

「やめてください・・・・・・」

 

「やめないよ・・・・・・可南子ちゃんの誤解を解くまで・・・・・・」

 

「嫌です・・・・・・男なんて・・・・・・わかりたくもありません!」

 

可南子は、声の限りそう叫んだ。

 

「なんでなの!?なんで可南子ちゃんは男の人、って言うだけでそこまで否定するの!?」

 

祐巳は、逃げようとする可南子を必死に抑えている。

 

可南子は、祐巳のその執念に負け・・・・・・ぽつりと話し出した。

 

「私の父が・・・・・・そういう人だったからです」

 

 

 

可南子は、自分の父のことを話し始めた。

 

母と自分が、父のせいでどれだけ苦労したのか。

 

夢を追いかけて、そして家庭を顧みず・・・・・・

 

そして・・・・・・

 

「私の・・・・・・一番好きだった先輩は・・・・・・!」

 

可南子はそこまで言ったところで、温室の外へ目を向けた。

 

「そんなところで立ってないで、入ってきたらどうです!?」

 

すると、それまで温室の外で様子をうかがっていた祐麒が、バツが悪そうな顔をして入ってきた。

 

「男なんて・・・・・・みんなそうなんです。優しい人間なんて・・・・・・」

 

それから祐麒をキッと見据えると

 

「特にあなたみたいな人が・・・・・・一番人を傷つけるんです!判った風な顔をして・・・・・・本当は何もわかってない!」

 

「ちょ、ちょっと可南子ちゃん。祐麒に八つ当たりは・・・・・・」

 

祐巳が思わず可南子を止めようとするのだが、祐麒はそれを手で制した。

 

「そうかも知れない・・・・・・」

 

「え・・・・・・?」

 

「俺が優しい人間とは思わないけど・・・・・・もしかしたら、知らないところで人を傷つけているかもな」

 

祐麒の言葉に、祐巳も・・・・・・そして、可南子も驚いた。

 

「もしかしたら、恭也さんでもそうなのかもしれない。俺にはわからないけど、可南子さんのお父さんも」

 

祐麒は、少し寂しそうな顔をして可南子を見ると

 

「でもさ・・・・・・もし本当に嫌いなら、なんでそんな悲しそうな顔で怒るんだ?」

 

「悲しそう・・・・・・?」

 

可南子は、祐麒の言葉の意味がわからずに聞き返す。

 

「ああ。可南子さんは、確かに男を見るときに嫌な顔をしてたけど・・・・・・すごく悲しそうだった。それに今も・・・・・・」

 

「やめてください!」

 

自分の心の裏側をめくられるようで、可南子は耐え切れずに声を上げる。

 

「可南子さん。男を好きになってくれ、とは言わない。俺は事情を知らないから」

 

だけど・・・・・・と、祐麒は一つ呼吸を置いて

 

「溜め込まないでさ、今みたいに不満をぶつけてもいいんじゃないか?」

 

「そんなことしたら・・・・・・」

 

可南子はちらっと祐巳を見た。

 

「私は構わないよ」

 

可南子は驚き、祐巳を見る。

 

「可南子ちゃんが頼ってくれるのなら、迷惑だなんて思わないよ」

 

可南子は、そんな祐巳の顔を見ることが出来なかった。

 

ただでさえ散々なことを祐巳にしてきて、これ以上何をさせようと言うのか。

 

ゆっくりと首を横に振ろうとしたとき

 

「それなら・・・・・・俺に言ってくれればいいさ」

 

その言葉に可南子は顔を上げて祐麒を見るが、祐麒は横を向いているので顔までは窺い知ることが出来ない。

 

「私は・・・・・・男となんて話したくも無いし、嫌いです!」

 

「俺は別に・・・・・・可南子さんのこと嫌いじゃないけどな」

 

祐麒はそう言ったきり、可南子を祐巳に任せて温室を去った。

 

祐麒の言葉に俯いてしまった可南子を、祐巳は心配して

 

「あの・・・・・・可南子ちゃん・・・・・・ごめんね、勝手なことしちゃって・・・・・・」

 

「本当に勝手ですよね・・・・・・」

 

可南子は、顔を上げた。

 

「だから・・・・・・優しい男は嫌いなんですよ」

 

祐巳は、そう言った可南子の表情を見て顔がほころんだ。

 

「もちろん、おせっかいな人もです」

 

そう言って祐巳を見た可南子は、不敵な笑いを浮かべているが、その目にうっすらと涙をにじませていた。

 

 

 

もうちょっとだけ、頑張ってみよう。

 

せめて、学園祭が終わるくらいまでは。

 

男はやっぱり嫌いで・・・・・・

 

あの人も好きではないけれど・・・・・・

 

少なくとも、嫌いじゃないかもしれないから・・・・・・。

 




可南子の爆発。
美姫 「祐巳と祐麒のお陰で、何かが少しは変わったのかしら」
少なくとも、前みたいに完全な否定ではなくなった様子を見せる可南子。
美姫 「これ以降、どうなって行くのかしらね」
それは、今後の楽しみだよ。
美姫 「よね〜」
という訳で、次回も楽しみにしてます。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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