エピローグ 祐巳 〜華はまだ咲かないけれど〜

 

 

 

開始の合図と共に、祐巳は走り出していた。

 

とりあえず、まずは恭也の教室から捜索してみようと思った。

 

だが、会場の参加者は我先にと校舎へ走っていく。

 

考えることは同じだろうか。全員が3年藤・椿・菊に向かっていたのだ。

 

祐巳は決して足が速い方でもスタミナがあるほうでもないため、教室についたころには既に人でいっぱいだった。

 

(これは・・・・・・無理かも)

 

一瞬そう思ったのだが、教室からはどうやら発見できてないらしい。

 

祐巳はほっとすると、他の場所を探そうと歩き出した。

 

「・・・・・・って言っても、他にどこがあるんだろう」

 

考えてみたら、祐巳は恭也を薔薇の館か学校の外でしか知らない。

 

だから、学内のどのような場所にいるのかがまったく分からなかった。

 

かといって、探さないと言うわけにも行かないので、当てもなく探し始めた。

 

音楽室・・・・・・図書室・・・・・・一応体育館や武道館も探してみたのだが、全て空振り。

 

武道館なんて赤星や藤代ねらいの人ばかりなので、人でごった返していた。

 

開始から50分が過ぎたころ祐巳は、とぼとぼと中庭を歩いていた。

 

「結局見つからなかった・・・・・・でも仕方ないよね」

 

ため息を吐きながら、祐巳は温室に入った。

 

中は薄暗くて、所々壊れているのだが、祐巳はこの中が一番落ち着いた。

 

祥子からロザリオを受け取ったときも、祥子とすれ違ったときも、この温室にきていた。

 

もしかしたら、ここは心を癒す力が宿っているのかもしれない。

 

 

 

思えば、自分は分相応ではない生き方をしていると思った。

 

わらしべの藁よろしく、偶然から祥子さまの妹になった。

 

由乃さんや志摩子さんのような、自分にはもったいないほどの立派な友達もいる。

 

そして、白薔薇さまのような本来なら手の届かないような方に可愛がってもらった。

 

この上で、恭也さんまで求めてしまったらそれは贅沢と言うものだろう。

 

それに、白薔薇さまや志摩子さんが好きな相手でもある。

 

私とじゃつりあうはずが無い・・・・・・。

 

分かっているのに、すごく辛かった。

 

恭也さんは優しかった。

 

とても大きくて、あの手に撫でてもらうのはものすごく気持ちが良かった。

 

あこがれ・・・・・・と言うのが始まりだった。

 

最初はお姉さまと同じ。

 

かっこよくて優しい、お兄さんのような人だと思った。

 

でも、お姉さまと決定的に違ったこと・・・・・・。

 

ホームパーティーで、志摩子さんが恭也さんに抱えられて行った時。

 

私の心の中に、今まで芽生えることの無かった感情が生まれた。

 

胸がムカムカして・・・・・・食べ過ぎたのかも知れないと思った。

 

でも、それからも白薔薇さまが恭也さんに抱きついたり・・・・・・

 

志摩子さんと楽しそうにお話しているのを見ると同じ気持ちになった・・・・・・。

 

 

 

 

『祐巳・・・・・・それはね、嫉妬しているのよ』

 

お姉さまと二人だけで居るときに、胸が苦しくなることを相談したところそういわれた。

 

『お姉さま、私はそんな・・・・・・』

 

『祐巳、いいのよ。嫉妬することは悪いことなんかではないわ。それだけその人を好きってことなのよ』

 

あくまでお姉さまは優しい顔でそう言った。

 

『だから、祐巳・・・・・・。あなたも自分の気持ちに正直になりなさい?』

 

『でも・・・・・・私は白薔薇さまや志摩子さんのように綺麗でも無いし・・・・・・何もないです・・・・・・』

 

『あら、そんなこと無いわ。祐巳は白薔薇さまや志摩子に負けないだけの魅力があるわ』

 

この子狸のような顔のどこに魅力があるのだろうか・・・・・・

 

『あなたは気づいてないかも知れないけど・・・・・・みんなあなたに助けられているのよ?』

 

『えっ?』

 

『祐巳は、それを自然にやってのけるところ・・・・・・それがあなたの最大の魅力なのよ』

 

 

 

お姉さまはそう言った。

 

だけど、やっぱり自分には分からない。

 

それに、助けられたことはあっても自分がみんなを助けているとは思えなかった。

 

とはいえ、カードが見つからないとなってはどうしようもない。

 

−ロサ・キネンシス−

 

姉の姉、蓉子さまが冠していた称号。

 

そして今、姉である祥子さまがそれを受け継いでいる。

 

自分もこの名前を受け継ぐことが出来るのだろうか・・・・・・。

 

こんなにちっぽけな自分が・・・・・・あのお二人のように華を咲かせることが出来るのだろうか・・・・・・

 

 

 

それは小さな違和感だった。

 

何か特別な考えが祐巳の中に沸いたわけではなかった。

 

祐巳はその違和感の正体にそっと手を触れると、ぱらぱらと掛かっていた土が崩れた。

 

「あっ・・・・・・!!」

 

違和感・・・・・・本来、そこにあるはずの無いもの・・・・・・

 

それは、『St.Valentine 恭也』と書かれた、黒いカードだった。

 

 

 

祐巳は、急いで温室を出た。

 

時計を見ている時間は無い。その時間すらも今は惜しかった。

 

走らなきゃ・・・・・・その想いだけが、既に疲れきっている祐巳の足を動かした。

 

祐巳の視界に、薔薇の館とイベント会場が見えた。

 

必死であがらない足を前に動かす。

 

今、まさに真美が時計をみて終了の合図をしようとしていた。

 

まずい!祐巳は反射的に叫んだ。

 

「待って〜〜〜〜〜!!」

 

祐巳の大声に真美はびくっとして雷管ピストルを降ろすと、祐巳が全速力でこっちに向かっているのをみて

 

「祐巳さん!?」

 

恭也も、走る祐巳の姿に驚いて壇上を飛び降りた。少し膝が軋んだが、祐巳がもつれた足を取られて転びそうになる方に意識が向いた。

 

恭也は、祐巳が地面に着く前に滑り込んで祐巳の下敷きになり、祐巳をしっかり受け止めた。

 

ズザザッ・・・・・・

 

地面に身体が擦れて少し痛かったが、祐巳に怪我が無いことを確認する。

 

地面とお友達になるはずだった祐巳は、自分の下敷きになった恭也を見てあせった。

 

「わ、わ、わ・・・・・・ごめんなさい、恭也さん!」

 

「いや・・・・・・怪我がないようでよかった・・・・・・」

 

「あ、あの・・・・・・お二人とも・・・・・・?」

 

真美の声に、二人は今の自分達の状況を把握した。

 

下敷きになった恭也は、祐巳の頬に片手を置いていて、祐巳は恭也の身体にしがみついていた。

 

「わっ・・・・・・!え、えと、あの・・・・・・その・・・・・・」

 

「・・・・・・祐巳、少し落ち着いたほうがいい」

 

あくまで冷静に対処する恭也に、真っ赤になっていた祐巳は少し残念そうな顔をした。

 

「そうそう祐巳さん。それよりも、見せるものがあるのじゃないのかしら?」

 

カメラを片手に蔦子のメガネ・・・・・・の奥にある目がキラリと光っていた。

 

そこで、祐巳は右手にしっかりと持って離さなかった黒いカードを掲げて

 

「黒のカード・・・・・・見つけました」

 

少し恥ずかしそうになりながら、それでもはっきりと宣言した。

 

その言葉に会場中から大きな歓声と拍手が沸き起こった。

 

 

 

『それでは黒薔薇さまこと、高町恭也さまからロザリオの進呈をお願いします!』

 

司会の三奈子が、半ば興奮状態でそう言うと、会場は水を打ったように静まり返る。

 

恭也が自分にかけていたロザリオをはずし、祐巳の方へ歩み寄る。

 

祐巳は、心臓がバクバクして破裂しそうになっていた。

 

(恭也さんから・・・・・・ロザリオをもらえるんだ・・・・・・)

 

恭也が一歩・・・・・・そしてまた一歩と近づいてきた。

 

(うわわ・・・・・・だ、だめ・・・・・・心臓が飛び出そう・・・・・・)

 

祐巳は、緊張に耐え切れなくなって言葉を発した。

 

「きょ、恭也さん・・・・・・本当に私でいいんですか?」

 

「何を言っている・・・・・・カードを持ってきたのは祐巳じゃないか。それとも、祐巳は嫌なのか?」

 

恭也は苦笑して祐巳に言った。

 

「えっ!?い、いえ。嫌だなんてそんなこと・・・・・・逆にうれしくて・・・・・・」

 

「祐巳・・・・・・余計に恥ずかしいことを言っていると思うのだが」

 

恭也が赤くなると、祐巳はユデダコのような顔になってしまった。

 

聖は、蓉子の後ろでお腹を抱えて笑っている。

 

志摩子も同じように笑っていた。祐巳はそのおかげで落ち着くことが出来た。

 

祐巳は、恭也がロザリオをかけやすいように制服の襟を正した。

 

そして、祐巳の首にロザリオが掛かった。

 

銀色のロザリオに、ムーンストーンがはめ込まれていた。

 

『純真無垢』−祐巳を象徴する意味を持つ宝石だった・・・・・・。

 

 

 

「あ〜あ、恭也は祐巳ちゃんを選んだか・・・・・・」

 

聖は残念そうにそうつぶやいた。

 

「聖・・・・・・大丈夫?」

 

蓉子は心配そうに聖の顔をみたのだが・・・・・・

 

「ちょっ・・・・・・ちょっと、聖!?」

 

聖ががっくりと蓉子に身体を預けてきたので、蓉子は慌てて聖を受け止めた。

 

「聖・・・・・・泣いてもいいのよ?」

 

「泣かないよ・・・・・・こうして支えてくれる人もいるから寂しくないし」

 

「そう・・・・・・ねえ聖、これからどこか行こう?」

 

「そうだね・・・・・・お腹も空いてきたし・・・・・・」

 

蓉子は、聖の手をつないだ。

 

(私が責任とらなきゃね)

 

「蓉子、何か言った?」

 

「なんにも?」

 

二人は、校舎を後にした・・・・・・

 

 

 

恭也は館へ行こうと言ったのだが、祐巳は拒否した。

 

この状況で、さすがに志摩子や聖に会うのは少しはばかられた。

 

祥子には悪いが、今日はこのまま帰ろうと提案すると、恭也も了承した。

 

二人で人気の無い中庭を歩いていると、マリア像の前に誰かがいた。

 

「ごきげんよう、恭也、祐巳さん」

 

果たして、そこに立っていたのは蟹名静だった。

 

「祐巳さん、恭也の妹になれたのね。おめでとう」

 

目を細めて祐巳を見た静に、祐巳の方は赤くなって照れていた。

 

「静さまは、誰かを待っていらっしゃるのですか?」

 

祐巳の問いに「ええ」と答えると、恭也の方を見て

 

「私から、恭也にプレゼントがありまして・・・・・・。そのうち届くかと思いますわ」

 

そう言って静は薔薇の館へ向けて歩き出した。

 

去り際に静は、祐巳にだけ聞こえる声で

 

「祐巳さん・・・・・・恭也に大事にしてもらいなさい・・・・・・」

 

そう言い残していった。

 

 

 

「あの、恭也さん・・・・・・・」

 

祐巳は、恭也に声をかけるが、恭也は祐巳を見ない。

 

「恭也さん・・・・・・・?」

 

頭にハテナを浮かべた顔で恭也を見るが、恭也はため息を吐くと

 

「祐巳・・・・・・恭也さん、じゃない。お兄さまだぞ?」

 

「は、はい・・・・・・お、・・・・・・おお、・・・・・・おに、・・・・・・お、おに・・・・・・」

 

「祐巳・・・・・・少し落ち着け。一度深呼吸をして・・・・・・」

 

恭也はそう言って、祐巳の肩に手を置いて祐巳の顔をのぞき込んだ。

 

「ふ、ふえぇ・・・・・・あ・・・・・・ああ・・・・・・」

 

祐巳は、恭也のドアップで余計に頭が混乱してしまった。

 

「恭也さん・・・・・・ちょっと祐巳をからかいすぎですよ」

 

近くでそれを見ていた祥子が見かねて、恭也に声をかけた。

 

「お、お姉さまぁ〜」

 

祥子の声に祐巳は、祥子の胸に飛び込んでいってしまった。

 

「祐巳、・・・・・・お兄さまは寂しいぞ」

 

そういいながら、笑っている恭也を見て祥子は「仕方ない人ですね」と苦笑した。

 

「祐巳は可愛いな。聖がいつもからかっていたのが分かる気がする」

 

そんなことを言うものだから、祐巳の顔はさらに赤くなってしまったのだった。

 

「お兄さまは意地悪ですっ!」

 

と、祥子の胸の中で拗ねていた。

 

 

 

一週間後、恭也と祐巳は副賞であったデートへ出かける。

 

本当はM駅待ち合わせにする予定だったのだが・・・・・・

 

 

 

『あ、お母さん。今度の日曜日、遊びに行くね』

 

『あら、デート?』

 

『う、うん。そうなんだと思う・・・・・・』

 

『祐巳・・・・・・祥子さんとデートなのにずいぶん歯切れが悪いな?』

 

『祥子さま!・・・・・・でも、今回は祥子さまとじゃないんだ』

 

『へぇ・・・・・・案外恭也さんだったりしてな』

 

祐麒は冗談半分にそう言ったのだが、祐巳は顔を真っ赤にして固まっていた。

 

『え・・・・・・?祐巳、マジか?』

 

『な、なんだその『恭也さん』というやつは・・・・・・女の子じゃないよな!?』

 

それまでおとなしく子供達の話を聞いていた父親が突如話に参加した。

 

『ちょっと、あなた・・・・・・。落ち着いて。恭也さんって、リリアンに留学しているっていうあの?』

 

『うん。この前、お母さんに見せた黒薔薇さまのことだよ』

 

『キャー、祐巳・・・・・・・あなたやったじゃない!』

 

『え、え・・・・・・?お母さんどうしたの?』

 

『あんなかっこいい人捕まえるなんて・・・・・・祐巳、人生でそんな機会はまずこの先無いわよ?』

 

『ちょ・・・・・・ちょっと、お母さん落ち着いて・・・・・・。別に彼氏ってわけじゃないんだってば』

 

母親の思わぬ暴走に頭を痛めていると

 

『ぬー、うちの可愛い娘に手を出すとはなんと言うやつだ・・・・・・祐巳、その人を一度うちに連れてきなさい』

 

『えーーーー!?なんでそうなるのよ!』

 

『娘に手を出すやつは、この俺が叩きのめしてやる!』

 

『・・・・・・父さん、恭也さんはものすごく強いよ?』

 

祐麒がため息を吐きながらそう言った。

 

『そ・・・・・・そうなのか?』

 

とたんにしぼみ始めてしまう父。祐麒は何だが情けなくなった。

 

『それに、多分恭也さんを見たら・・・・・・父さんでも納得すると思う』

 

その祐麒の言葉に父親も

 

『うーむ・・・・・・』

 

と、うなってしまった。

 

『なんにしても、祐巳は恭也さんに助けてもらったんだから、一度もてなすためにもうちに呼んでね』

 

母親にそう言われ、祐巳は仕方なく午前中は家に呼ぶことにしたのだ。

 

 

 

そして、午前8時50分・・・・・・福沢家は緊張に包まれていた。

 

「あなた・・・・・・まだ10分あるわよ?そんなに緊張してどうするの」

 

「し、しかしだな・・・・・・。これで娘の将来が決まると思うと・・・・・・」

 

「お父さん・・・・・・勝手に人の将来を決めないでよ・・・・・・」

 

そんな三人を見て一人冷静な祐麒は、ため息を吐いていた。

 

9時ちょうど、家のインターフォンが鳴った。

 

父親と母親を手で制して祐巳は、祐麒に迎えに出てもらった。

 

「いらっしゃい恭也さん、お久しぶりです」

 

「ああ、祐麒君も元気そうだな」

 

二人は握手を交わすと、お邪魔します、と言って恭也は家に上がる。

 

それからリビングに通されると・・・・・・

 

福沢家両親は、カチーンと石化している。

 

恭也は二人に対して深々と礼をすると

 

「初めまして。リリアン女学園に留学生として来ました高町恭也です。祐巳さんにはいつもお世話になっております」

 

と、よどみなく・・・・・・そしてそれがぴったりと合う雰囲気をかもし出して自己紹介をした。

 

相変わらず石化したままの両親を見て

 

「お、お父さん、お母さん・・・・・・」

 

と、思わず言った祐巳の言葉に我に帰ると・・・・・・

 

「娘を・・・・・・よろしくお願いします」

 

福沢家の父親は、まだ混乱が解けないようであった・・・・・・。

 

 

 

ようやく石化から開放された両親は、恭也に色々質問をしていた。

 

それは、恭也の素性を知るというより、本人を気に入ったための質問だった。

 

「そうか・・・・・・恭也君は盆栽を育てているのか」

 

「ええ。まだ初めてから8年しか経っていないのですが・・・・・・」

 

「恭也さん、あなたの年で8年って・・・・・・すごいことだと思うわよ」

 

母親は苦笑して恭也を見ていた。

 

「でも、恭也さんは本当にかっこいいわ・・・・・・私もなんだか顔が熱くなってきたわ」

 

「み、みき・・・・・・お前まで・・・・・・」

 

「冗談よ。さすがに娘の彼氏に手を出したらかわいそうじゃない」

 

「そ、そうか。そうだよな・・・・・・ところで・・・・・・」

 

 

 

父親と母親が恭也に質問攻めをしている間、福沢姉弟は完全に置いていかれていた。

 

「うう・・・・・・恥ずかしいよ・・・・・・」

 

「あきらめろ祐巳・・・・・・それより、出かけるなら着替えて来たほうがいいんじゃないか?」

 

 

 

30分ほどして、恭也はようやく開放された。

 

祐巳は、まだ外着を選んでいるようだった。

 

なので、祐麒の部屋で祐巳が着替えるのを待っていた。

 

「申し訳ないです・・・・・・うちの一家が粗相をしてしまって」

 

「いや、そんなことはない。祐巳も祐麒さんもいい両親を持ってよかったじゃないか」

 

恭也は穏やかな顔でそう言った。

 

「あの、恭也さん・・・・・・祐麒さんっていうのは、口調と合わない気がするんですけど」

 

「ああ・・・・・・確かにそうだな。じゃあ・・・・・・祐麒?」

 

「そうですね、その方がなじみやすいです」

 

「ところで祐麒・・・・・・君にとって柏木さんはどんな人だ?」

 

「う・・・・・・出来ればあまり話したくないですけど・・・・・・」

 

絶対本人に言わないでくださいよ、と前置きをすると

 

「先輩は俺を大事にしてくれて、すごく世話になってますね。あと・・・・・・なんだか時々さびしそうな顔をしますね・・・・・・そういうときは必ず俺にちょっかいを出すんですけど」

 

困った人です、と祐麒はため息をついた。

 

「きっと柏木さんにとって君が心を許せる存在なんだろうな・・・・・・」

 

「そうかも知れないですね・・・・・・。やりすぎだとは思いますが」

 

「俺も確かにそう思う。まあ、多少のことは大目に見てやってくれ」

 

「そうですね。・・・・・・多少でしたら」

 

 

 

そして、恭也はドアのところに人の気配を感じドアを開けた。

 

ドアをあけると、ちょうど祐巳がノックしようかと言うところだった。

 

恭也は、祐巳の姿をみて一瞬固まった。

 

「え、お兄さま・・・・・・?どうしたんですか?」

 

「い、いや・・・・・・その、なんだ・・・・・・髪を下ろしていたのがな・・・・・・」

 

「あ、いつもみたいに結んでいたほうがよかったですか?」

 

「いや。その方がいい」

 

「そ、そうですか・・・・・・」

 

二人は赤くなっていた。

 

「はいはい、ごちそうさま。祐巳も恭也さんも早く行った方がいいんじゃないですか?」

 

祐麒は苦笑して部屋のドアを閉めた。

 

「行こうか、祐巳」

 

「はい。お兄さま・・・・・・」

 

祐巳は恭也の手を取り、二人は外へ出た。

 

 

 

それから二人は、駅前へ行って・・・・・・

 

「今回こそ・・・・・・」

 

と、まずは祐巳のボーリングのリベンジだった。

 

恭也も前回惜しくも1本はずしてしまっているので、今度こそ確実に決めたいところだった。

 

まずは祐巳からボールを投げる。

 

前回の反省もあって、今回はしっかりと真中近くに投げられるようになった。

 

恭也は、身体の不調も合って思うようにボールをコントロールできないでいた。

 

だが、それでも8フレームで157をマークしている。

 

「あの・・・・・・恭也さん、身体の調子が本当に戻ってないんですよね?」

 

絶好調の状態で8フレーム51の祐巳は、恭也のすごさに感嘆した。

 

「ああ。どうも微調整がうまく行かないんだ」

 

そして、9フレーム目はストライク。祐巳は苦笑した。

 

そして迎えた10フレーム目。

 

祐巳の投げたボールはしっかりと真中へ行き、右端にピンを残すだけとなった。

 

「わ、もしかしてスペア取れるかも・・・・・・」

 

「祐巳、硬くなるなよ?リラックスだ」

 

「そ、そうですね・・・・・・」

 

余計にカチコチになる祐巳に

 

「大丈夫・・・・・・そうだな、あれを聖だと思ってぶつけてみろ。きっと当たるぞ」

 

冗談交じりで恭也はそう言うと、祐巳は構えてボールを転がした。

 

するとどうだろう、本当にピンに向かってボールは吸い込まれていって・・・・・・

 

パコーン・・・・・・という音と共にピンは倒れた。

 

「やった、お兄さま、スペア取れましたよ〜」

 

「ほ〜、祐巳ちゃん、私だと思うとちゃんと当たるんだ〜。これはどういうことかな〜?」

 

本来、そこで聞こえるはずの無い声が聞こえ、ゆっくりと首をそちらに回すと・・・・・・

 

「ごきげんよう、祐巳ちゃん」

 

なんと二人は、蓉子・聖・江利子の三人組が隣でゲームをしているのに気が付かなかったのだ。

 

いや、恭也は分かっていたのだが、まるで気が付かない祐巳に黙っていただけだった。

 

「祐巳ちゃん、もう1投あるわよ。とりあえずそれを済ませた方がいいんじゃない?」

 

江利子の言葉に、自分がスペアを取ったことを思い出し・・・・・・

 

「次も、聖だと思って投げるのかな?」

 

「ああ。それが一番まっすぐ行きそうだ」

 

「そうね。私も聖だと思えば遠慮なくぶつけられる気がするわ」

 

「うわっ、あんた達・・・・・・最悪」

 

江利子・恭也・蓉子の言葉に聖は拗ねた。

 

しかし、さっきは奇跡だと言わんばかりに、祐巳のボールは投げた瞬間右の溝に入っていた。

 

 

 

 

聖たちと別れた後、恭也たちはデパートへ来ていた。

 

特別用事があるわけではないのだが、聖たちが自分達を尾行していたのだ。

 

とりあえず撒くために当てもなくグルグルしてたのだが・・・・・・

 

おもちゃ売り場の近くで、小さい女の子がうろうろしていた。

 

何かを探している様子だったのだが、立ち止まって・・・・・・

 

「う・・・・・・ぐすっ・・・・・・ママ・・・・・・」

 

しゃくりあげると、耐え切れずに泣き出してしまった。

 

祐巳は女の子に駆け寄って

 

「ママとはぐれちゃったの?」

 

「えぅっ・・・・・・うん・・・・・・」

 

「お名前は、なあに?」

 

「・・・・・・はるか」

 

「はるかちゃんだね?お姉ちゃんはゆみっていうんだよ」

 

「ゆみ・・・・・・おねえちゃん?」

 

「うん。ゆみおねえちゃん。はるかちゃんのママ・・・・・・一緒に探そう?」

 

「ゆみおねえちゃん・・・・・・ママいるかな?」

 

「うん、今はるかちゃんのこと探しているよ。だから、会いにいこうね」

 

「うん」

 

「お兄さま・・・・・・いいですか?」

 

祐巳は、恭也に申し訳無さそうな顔をするのだが、祐巳を撫でて

 

「あたりまえだろ?探してあげないとな」

 

そう、優しい顔をして二人をみた。

 

「おにいちゃんは・・・・・・おねえちゃんのおにいちゃん?」

 

「うん。きょうやおにいちゃんだよ」

 

「きょうやおにいちゃん?」

 

「そうだ。きょうやおにいちゃんだぞ・・・・・・」

 

恭也は女の子を撫でると、右手をはるかちゃんとつないだ。

 

左手を祐巳とつないで、二人はサービスカウンターまで女の子を連れて行く。

 

「おにいちゃんとおねえちゃん・・・・・・パパとママみたい」

 

女の子の何気ない一言に、二人は赤面した。

 

 

 

サービスカウンターにつくと、すぐ母親が駆け寄ってきた。

 

「ママ・・・・・・ママ!」

 

「はるか・・・・・・はるか・・・・・・!」

 

女の子は、母親にしっかりと抱きついた。

 

祐巳はそれを見て思わず泣きそうになるが、隣の人が先に涙を流してしまっていたので、苦笑してハンカチを恭也に差し出していた。

 

「ばいばい、ゆみおねえちゃん、きょうやおにいちゃん!」

 

頭を下げる母親に抱かれながら女の子は手を振ると、恭也と祐巳も笑って手を振った。

 

そして、二人はすっかりと忘れていた。

 

しっかりと尾行していた3人が居たことを・・・・・・。

 

 

 

 

次の日、薔薇の館で二人はからかわれた。

 

その日は恭也と祐巳の子供を予想して話題は尽きなかった。

 

娘ならばきっと百面相だとか、息子ならきっと枯れているだろうとか・・・・・・。

 

二人も必死に抗議をするのだが、

 

「えー?でも、みている限りまんざらでも無かったような感じだったけどな?」

 

その言葉に反論が出来ず、余計にドツボにはまってしまった。

 

なぜなら、本当にまんざらでも無かったどころか、幸せそのものだったからだ。

 

 

 

しかし、そんな楽しい時間も終わりを告げる。

 

2月28日・・・・・・。

 

今日で留学期間が終わってしまう。そして、兄妹の関係も・・・・・・。

 

午後4時に、学園長室に三人は呼ばれていた。

 

祐巳は、学園長室前に立っていた。

 

恭也に最後のお別れをするために・・・・・・。

 

 

 

恭也たちは学園長室に入ろうとすると

 

「せっかくだから、一緒に入ってもらいなさい」

 

という学園長の言葉に、祐巳も学園長室に入室した。

 

「この1ヶ月、どうもありがとうね。あなたたちのおかげで助かりました」

 

学園長は、恭也たちに深々と頭を下げた。

 

「それで、恭也さん・・・・・・」

 

学園長は恭也の方をみた。

 

「あなたは、護衛として来てくれたのよね・・・・・・」

 

しみじみとそう言った。

 

「それから、留学生として残りの期間を過ごしてもらったのだけれど、一つ問題があるわ」

 

その言葉に、恭也はん?と言う顔をした。

 

「えっと・・・・・・何かあったのですか・・・・・・?」

 

「ええ。あなたは留学生としてまだ足りてないのよ」

 

「足りてない・・・・・・?」

 

「そう。あなたが留学生として認定されたのは28日だったわよね?ということは、お二人に比べて留学期間が短いことになってしまうのよ」

 

「え、ええ。ですがそれは仕方ないのでは・・・・・・?」

 

「仕方なくないのよ。だから、期間を満了していただかないとならないのよ」

 

「えっ?」

 

「つまり・・・・・・あなたはあと8回登校してもらわないといけないの」

 

「ちょ、ちょっとまった・・・・・・8回って・・・・・・」

 

「ええ。ちょうど卒業式と重なるわね。これは名誉なことよ?リリアン初の男子の卒業生ね」

 

「い、いや。それは謹んで遠慮したいのですが・・・・・・」

 

「恭也さん、残念だけれどこれはプレゼントなのよ?」

 

「は?プレゼント・・・・・・ですか?」

 

「ええ、プレゼント。恭也さんと・・・・・・恭也さんの大事な人へ、って」

 

そのとき、思い当たる女性の顔が浮かんだ。彼女は今日イギリスへ旅立っているのだが・・・・・・きっと、今ごろとても満ち足りた顔をしているのだろう。

 

「ですから、恭也さんには卒業式まで居ていただきますのでよろしくお願いしますわね」

 

にっこり微笑む学園長。

 

「そ、そういうことだ・・・・・・高町。安心しろ、風校の卒業式はその翌日だ・・・・・・」

 

「そ、そうね。高校を2つも卒業できるなんて・・・・・・高町くんは幸せ者ね」

 

「藤代・・・・・・確か一緒に帰る、と言っていなかったか?」

 

「え?何のこと?由紀ちゃん聞こえな〜い。何も聞こえな〜い」

 

それじゃ!と言って二人は学園長室を出て行ってしまった。

 

残された恭也と祐巳も学園長室を出ると・・・・・・

 

 

 

「・・・・・・そんなわけだ。あと一週間だけよろしく頼む」

 

「はいっ!任せてください!」

 

祐巳は、恭也の腕にぶら下がるように抱きついた。

 

 

 

 

 

今はまだ恋人同士では無いけれど・・・・・・

 

いつかきっと結ばれる・・・・・・

 

あせることはない

 

二人はこんなに強くつながっているのだから・・・・・・

 

 

 

 

『恭也さん・・・・・・』

 

『祐巳・・・・・・結婚したんだから・・・・・・』

 

『はい・・・・・・。あなた・・・・・・』

 

『ん?』

 

『いえ・・・・・・。ちょっと呼んでみたかったんです・・・・・・』

 

『そうか・・・・・・』

 

 

 

 

『あなた・・・・・・』

 

 

 

 

 

大好きです・・・・・・あなた・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

END

 

 

 

 

 

 


あとがき

 

祐巳エンドです。

彼女のイメージは、4年後5年後というより、近い未来ばかりが浮かびました。

『そのままの祐巳』というのが、祐巳の最大の魅力なのかな、と思いました。

愛くるしいあの表情がたまらないっすよね。

 

残すところ、『恭也編エピローグ』は志摩子だけとなりました。

柏木エンドを期待していた方(いねーよ)、申し訳ございませんが・・・・・・

 

では、また別の未来でお会いしましょう。

ごきげんよう・・・・・・。




祐巳ちゃんEND〜。
美姫 「うんうん。今のままの祐巳ちゃんが一番よね」
それにしても、リリアンを卒業か。
美姫 「それはそれで、面白いけれどね」
祐巳ちゃんの両親も面白かったけれどな。
美姫 「確かにね〜」
しかし、これで残すエピローグは後一つか。
美姫 「しみじみ」
それも楽しみにしてますね。
美姫 「それじゃ〜」



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