2/6

 

 

病院から戻り、鍛錬もできず暇な時間を過ごしている。

 

「ふぅ・・・・・・鍛錬ができないことがこんなに大変だとは・・・・・・」

 

やることも無く、仕方無しに昨日書店で買ってきた月刊盆栽を読む。

 

「ふむ、黒松か・・・・・・。育成が大変だが今度購入してみるか」

 

真剣な眼差しで雑誌を眺めていると、家に残してきた盆栽が恋しくなった。

 

「一度帰って世話をしてあげないとな・・・・・・。今週末に家に帰るとするか」

 

 

 

2/7

 

 

朝、登校途中で志摩子に会い一緒にバスで通学した。

 

今の身体の状態ではバスにのる他はない。

 

聖が「私が送り迎えしてあげよっか?」と申し出たが、余計に身体に悪そうなので辞退した。

 

志摩子はあの事件以来、ものすごく明るくなった。

 

それまで思ったことを口に出さずに自分の中で押さえ込んでしまっていたものが、

 

思ったことをはっきり口に出すようになり、今まであった儚さが無くなった。

 

といっても、おしとやかさが無くなったというわけでもなく、言うなら

 

「よく笑うようになった」と言うところだろうか。これは蔦子談だが。

 

 

 

『志摩子さんは、今まで誰かと一緒にいても一歩下がっていたのに、今ではしっかりと溶け込んでいるのよね』

 

そう言って見せてくれた写真には、2ヶ月前の志摩子と今の志摩子が写っていた。

 

同じように祐巳と由乃が一緒に写っていたのだが、前者は2人の後ろに位置して、まるで第三者視点から2人を眺めているような感じを受けた。

 

だが、後者の写真は祐巳や由乃と同じように輝いていて、3人で1枚の写真になっていた。

 

それが恭也によるところの影響が大きいのは、恭也は当然気がついてはいないのだが。

 

 

 

「恭也さん、どうしました?」

 

そう言って、志摩子は笑顔で話し掛ける。

 

「いや。志摩子が最近よく笑うようになったな、と思ってな」

 

そう言うと、志摩子は恭也から目をそらしてうつむいてしまう。

 

それをバスの乗客はほほえましく見守っていたり、ため息をついて見ていたりしていた。

 

 

 

放課後、久々にクラスの人間と談笑してから薔薇の館へ向かう。

 

思えばいつも終わってからすぐ薔薇の館へ向かっていたから、クラスのほかの人と話す機会はほとんど無かった。

 

今日聞いたら、「実は恭也さんとお話したいと思ってましたのよ」と奈津穂さんに言われて、恭也は少し反省した。

 

今まで話さなかった分、1時間ゆっくりと教室で談笑をしてから教室を出た。

 

外は既に薄暗くなっていて、冬の日の短さを感じた。

 

館から漏れる明かりを見てまだ人がいることを確認し、中へ入ろうとドアを開けた。

 

 

ドンッ!

 

 

恭也は身体に衝撃を受け、バランスを失う。

 

普段ならどうってことは無かったのだが身体が癒えてないこともあり、体勢を保てない。

 

だが、自分にぶつかってきた人が安全なように自分の身体を下敷きにして地面に倒れる。

 

「いつつ・・・・・・大丈夫か?」

 

ぶつかってきた人間の無事を確認しようと、見たのだが・・・・・・

 

「うっ・・・・・・ひっく・・・・・・ご、ごめんなさい・・・・・・!」

 

祐巳はそう言って、立ち上がるとそのまま外へ駆け出して行った。

 

「祐巳!」

 

恭也は、慌てて祐巳を追いかける。

 

少し走るだけでも膝に激痛が走り、満足な速度で走れない。

 

だが、見失うわけにはいかなかった。

 

 

 

祐巳の顔が、涙でボロボロになっていたからだ。

 

 

 

 

 

 

「祐巳ちゃん!」

 

聖は、祥子に問い詰められて泣きながら館を飛び出した祐巳を追いかけた。

 

発端はバレンタインデーのこと。

 

祐巳は、祥子に内緒でチョコレートを作ろうとしていた。

 

祥子は、自分に何かを隠している祐巳を見て不快に思った。

 

祥子自身もかつて、思ったことを言えず蓉子に怒られたことがあった。

 

祐巳と祥子の思いは少しずつすれ違ってしまい、今それが爆発した。

 

(しまったなぁ・・・・・・考えればわかったはずなのに)

 

聖はそう思うと、祐巳になんとか教えてあげなければいけない。

 

そう思って祐巳を追いかけるべく、階段を降りようとしたのだが・・・・・・

 

祐巳が誰かにぶつかった・・・・・・。恭也だ。バランスを崩しながらも祐巳が怪我しないよう、自分の身体をクッションにして受け止めていた。

 

祐巳は、謝りながらもそのまま走り去っていってしまった。

 

(追わないと!)

 

そう思った瞬間

 

「祐巳!」

 

恭也が走り出した。

 

だが、恭也はいつもなら考えられないくらい走る速度が遅かった。

 

何度も膝から崩れそうになりながら、それでも祐巳を見失わないように必死に走っている。

 

聖は、その姿を見て涙が出そうだった。

 

 

 

 

 

『ねえ、聖は恭也さんのこと好きなのはわかったけど、どこが好きなの?』

 

蓉子にそう質問されたとき、聖は明確な理由が思い浮かばなかった。

 

確かに、顔はかっこいい。優しいとも思う。何より、からかって楽しい。

 

だが、それが理由ではないと自分でも思っている。

 

好意的な目で見ていた恭也に、完全に心を奪われたのはなぜだったのだろうか。

 

 

 

 

 

その疑問がたった今解けた。

 

そうだったのだ。聖が恭也に心を奪われた理由。

 

それは、今必死で祐巳を追いかけているあの姿だった。

 

自分がどんなにボロボロだろうと、相手が誰であろうとただその人のことに必死になるあの姿。

 

例え、知らない人だったとしても恭也は追いかけると思う。

 

恭也の頭の中には今、祐巳のことしか頭に無いだろう。

 

そこには計算も、それどころか追いかけたあとのことすらも考えてない。

 

だだ、「祐巳を追いかけないと」としか考えてないだろう。

 

 

 

(ああそうか。だから私は恭也のことが好きなんだ)

 

 

 

恭也が、祐巳を見失わず温室に向かっていくのを聖は見届けた。

 

(恭也が温室を出たら、祐巳ちゃんに教えてあげないと)

 

そう考えている聖も、恭也と同じくただ祐巳を案じていたことに聖は気がつかない。

 

 

 

聖もまた、恭也と同じタイプなのに。

 

 

 

 

 

「・・・・・・祐巳」

 

恭也が膝の痛みに耐えながら祐巳の入っていった温室に入ると、祐巳は恭也の姿にビクっと震えた。

 

「恭也さん・・・・・・さっきはすみませんでした」

 

そういう祐巳の顔は、薄暗い温室のなかで闇に溶けてしまいそうなくらい暗かった。

 

「私・・・・・・お姉さまに嫌われてしまったみたいです」

 

自嘲気味に祐巳はそう言うと、再び涙が頬を伝った。

 

「なんでいつもこうなるんだろう・・・・・・私、お姉さまのこと好きなのに・・・・・・いつも迷惑をかけてばかり」

 

恭也は祐巳の言葉を静かに聞いている。

 

「お姉さまのために何かしたくても、空回りするだけで・・・・・・全然役に立てない」

 

祐巳は、唇をかみ締めて自分を抱きしめるように肩を強く握ると

 

「私はお姉さまがいないと駄目だけど・・・・・・お姉さまは私がいなくてもいいんじゃないかと思ったら・・・・・・わたし・・・・・・!」

 

恭也は、祐巳の前に来ると祐巳の頬に両手を当てた。

 

祐巳の涙を親指でぬぐうと、恭也は優しい声で祐巳に言った。

 

「祥子さんは、祐巳がいなくなったらすごく悲しむと思う」

 

「えっ・・・・・・?」

 

「俺は2週間しかまだ一緒にいないけど、祥子さんと祐巳を見てると、互いに無くてはならないんだと思う」

 

恭也の言葉に「そんなこと・・・・・・」とつぶやくと

 

「祐巳が祥子さんを好きなように、祥子さんも祐巳が好きなはずだ・・・・・・。祐巳、ボーリング場でのことを覚えているか?」

 

祐巳は、「はい」と頷いた。

 

「あの時、祐巳は祥子さんに抱きしめられて泣いただろ?そのとき、祥子さんも祐巳を抱いて泣いてたんだ」

 

祐巳は驚いた。自分のお姉さまが人前で涙を見せるなんて、信じられなかった。

 

「きっと、祐巳にだけは泣いている姿を見せたくなかったんだろうな。自分がしっかりしないと祐巳が甘えることが出来ないと思ったんだろう」

 

「そうそう。祥子は祐巳ちゃんに失望されたくないんだよ。祐巳ちゃんに嫌われたくないからね」

 

「白薔薇さま・・・・・・私、お姉さまを嫌ったりなんか・・・・・・」

 

聖は温室に入ってきてそう言うと、祐巳の頭を撫でながら祐巳の言葉を聞いた。

 

「それじゃあ、祥子にしっかりとそれを伝えないとだめだよ?」

 

「え・・・・・・?」

 

「祥子は不安なんだよ。祐巳ちゃんは祥子のために動いても、祥子は祐巳に避けられているのが怖いんだ」

 

「そんなつもりで・・・・・・」

 

「だから、祥子に祐巳ちゃんもぶつかっていかなきゃ。お互いに本心を言えば誤解だって解けるはずだよ」

 

「私に・・・・・・できますか?」

 

「大丈夫。現に祐巳ちゃんはそれが出来てるじゃない。私には自分を出せてるでしょ?」

 

「はい・・・・・・」

 

「うん。それじゃ戻ろうか・・・・・・祐巳ちゃん、どうしたの?」

 

「・・・・・・白薔薇さまも恭也さんも・・・・・・もうすぐいなくなっちゃう」

 

「大丈夫だ」

 

「そうそう」

 

恭也と聖は祐巳に視線を合わせて

 

「祐巳には友達がいるじゃないか。一人だけで悩まないで、相談すれば力を貸してくれるさ」

 

恭也は祐巳の頭を撫でる。

 

「私も、お姉さまがいなくなったときすごく不安だったけど、こうしてやっていけてるし」

 

祐巳のほっぺたを両手でつまみながら

 

「だから、祐巳ちゃん。もっと自分に自信を持っていいんだよ。祐巳ちゃんは自分が思っているよりずっといい子だよ」

 

むにー、と祐巳の頬を引っ張りながらそう言うと、ぱっと手を離して歩き始めた。

 

恭也も歩きながら「祥子さんが心配してるぞ」と言うと、祐巳も慌てて後についてきた。

 

祐巳は2人の背中を見ながら、自分も2人のように強くならなきゃと自分を鼓舞した。

 

 

 

お姉さまではないけれど、いつも自分を支えてくれた聖さま。

 

私の一番好きな、お姉さんのような先輩。

 

 

会ってまだ2週間だけれど、みんなを護ってくれる恭也さん。

 

私の一番好きな・・・・・・・

 

 

 




本編に触れるようなお話。
美姫 「うんうん。ここで、聖だけでなく、恭也も登場〜」
二人に慰められ、決意も新たにする祐巳!
美姫 「成長よね〜」
今回は、祐巳と志摩子だったけれど、次は誰かな〜。
美姫 「非常に楽しみよね」
うんうん。次回も、楽しみにしてますね。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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