リリアン女学園にも当然掃除当番なるものは存在する。

 

この学校も当番制で回っており、恭也が組み込まれた班はちょうど掃除当番だった。

 

風校ではサボる奴はいたが、リリアンにそんな生徒はいない。

 

正直、トイレ担当だったらどうしたものかと思ったが、運良くそれは無く音楽室近くの廊下担当だった。

 

クラスの人の掃除用具を引き受け、片付けて戻ろうとすると、音楽室から歌声が聞こえた。

 

(すごく綺麗な声だな・・・・・・)

 

ドアが開いていて中を見ると、ピアノを弾きながら歌っている生徒がいた。

 

「・・・・・・」

 

その生徒は恭也に気が付かずに歌いつづけている。

 

澄んでいて・・・それで優しい声。高い音域も低い音域も声量があり・・・それでいて無理が無い。

 

非の打ち所のない、という言葉はこういうときに使うのだろうか。

 

だけど・・・

 

「ごきげんよう、高町恭也様」

 

その生徒は、歌い終わっても立ち尽くしていた恭也を見て、こちら側に歩いてきた。

 

「俺のこと・・・知っているんですか?」

 

「はい。恭也様はこの学園内で有名ですから」

 

「やっぱり、男がくると目立ちますか」

 

まいったな、という顔で言う恭也に生徒はくすっと笑って

 

「そうですね。私は蟹名静。2年藤組で合唱部に所属しています」

 

静は一礼をすると、顎のラインで切りそろえた柔らかな黒髪が揺れた。

 

「ところで・・・いかがでした?」

 

「・・・?」

 

「私の歌・・・聞いていただけたようでしたので、ご感想を」

 

そういってにっこりと笑い、恭也に感想を求めてくる。

 

少し考えたが、感じたことを素直に言うことにした。

 

「はい。すごく綺麗な歌声で、思わず聞きほれてしまったのですが・・・その・・・」

 

「・・・続きを?」

 

静は、感想の最初の部分を聞いていつもと同じ答えが返ってくると思ったが、続きが気になった。

 

「・・・何か、満ち足りない・・・というか、歌に迷い・・・みたいなものを歌から感じました。」

 

静は驚いた。今まで自分の歌を聞いた人はみんなただ誉めるだけだった。

 

確かに自分の歌に自信を持っていたし、そのための努力も怠らなかった。

 

だが、初めて会った人間に、しかも自分の本当の心を見抜かれたことに静はとても興味を持ち、そして感心した。

 

「恭也様は・・・歌を?」

 

「いえ・・・俺の知り合いに歌が好きな人がいまして・・・。それでです。申し訳ないです、会ったばかりなのにいきなりこのような感想で」

 

「いいえ・・・。ものすごく参考になりましたわ。ありがとうございます。・・・それでは、練習がありますのでこのへんで。ごきげんよう、恭也様」

 

「ええ、それでは」

 

 

 

 

恭也がいなくなったあと、静は恭也の言葉について考えていた。

 

(吹っ切ったつもりだったんだけど・・・まだ未練が残ってるのかしらね)

 

自嘲的な笑みを浮かべて、過去のことを思い出していた。

 

「心残り・・・か」

 

聖のこと・・・志摩子のこと・・・そして・・・

 

(恭也様は気づかなかったと思いますけど・・・あなたは私の新しい心残りになりましたわ)

 

そんな気持ちにしてくれた恭也に、どうお返しをしようか。

 

そう思案している顔は、とても満ち足りた顔だった。

 

 

 

恭也がいつも通り薔薇の館へ顔を出すと、部屋の中には1年生トリオがいた。

 

3薔薇は受験の願書提出などで放課後前にはいなくなり、赤星と藤代は令と共に剣道部に出席していた。

 

祥子は、家の用事があるそうで今日は直接帰宅したそうだった。

 

1年生3人もまだ着たばかりのようで、恭也が館に入ると、ごきげんようと挨拶をして

 

お茶の用意をしようとしていた。

 

「あ、今日は俺がお茶をご用意しますよ」

 

その言葉に3人は戸惑った様子だったが、注文を取る恭也に3人はお礼を言って着席した。

 

3人が紅茶(祐巳・志摩子がミルクティ、由乃がストレート)を希望したため、恭也は紅茶の葉っぱを取り出し、ポットからお湯を注いで紅茶を入れた。

 

すごく手馴れた手つきで紅茶を入れる恭也に3人は嘆息していた。

 

恭也は3人にお茶を差し出し、ミルクと砂糖を出して各人に渡す。

 

「恭也さん、ずいぶんなれているようだけど、アルバイトか何かを?」

 

由乃が3人が思ったことを代弁して聞いた。

 

「俺も店を手伝うことがありまして・・・鍛えられました」

 

そうなんですか、と3人が頷くと、祐巳が質問した。

 

「そういえば、恭也さんのお父さんって何の仕事をしているんですか?」

 

「俺の父は・・・護衛、つまりボディーガードの仕事をしていました」

 

「そうなんですか、かっこいいですね〜。今は・・・ボディーガードはやってないんですか?」

 

祐巳さん、と志摩子と由乃が袖を引っ張った。祐巳はどうしたの?という顔をしている。

 

「父は7年前に・・・父の友人と、その娘のフィアッセを護って亡くなりました」

 

祐巳は、恭也の言葉に小さくあっ・・・と声を出して、後悔の念にとらわれた。

 

志摩子と由乃は・・・気が付いていた。恭也が父親の話をしたときに、懐かしそうであり・・・

少しさびしそうな顔をし、話が過去形であったことで。

 

恭也は、申し訳さなそうにうつむく祐巳の隣にきて、祐巳の頭を優しくなでた。

 

祐巳が驚いて顔を上げると、恭也は目を閉じて言葉をかけた。

 

「祐巳さん、気にしないでください・・・」

 

「ごめんなさい・・・辛いことを思い出させてしまって・・・」

 

恭也は、いいえ、と首を振ると

 

「祐巳さんは・・・笑顔が似合います。だから、そんな顔はしないでください」

 

恭也は目を開けて、優しく微笑んで祐巳を見た。

 

祐巳の顔が、火がついたように真っ赤になり、金魚のように口をパクパクさせている。

 

そのとき館のドアが開き、聖がやっほー、挨拶して入ってきた。

 

顔が真っ赤になっている祐巳、複雑そうな顔の志摩子、2人を見て噴出しそうな由乃を見て

 

「よよよ・・・志摩子も祐巳ちゃんも恭也に取られちゃった〜」

 

「お姉さま!」

 

「白薔薇様!」

 

聖のからかいに過剰反応して、志摩子と祐巳はばつが悪そうにしている。

 

由乃は我慢できず、机に伏して笑っていた。

 

「聖さん・・・2人に失礼だろう。いくらなんでも俺じゃこの2人に対して役不足だ・・・それより、扉の前に来て中に入らず立ち聞きは、いい趣味じゃないぞ」

 

「だって〜、なんか祐巳ちゃんと恭也くんがいい雰囲気だったしー」

 

祐巳は、先ほどのことを思い出したのかまた顔を赤くした。

 

「それに・・・役不足ってことは無いよね、し・ま・こ♪」

 

にやっと笑って志摩子をみると、志摩子もまた真っ赤になってうつむいた。




う〜ん、恭也大活躍。
美姫 「鈍感スキルの保持者らしいわね」
このまま、祐巳も恭也へと流れるのか。
美姫 「他にも、色々と楽しみだけどね」
うんうん。本当に、続きが気になって仕方がないな。
美姫 「それじゃあ、さっさと次を読み始めましょうか」
意義なし!



頂きものの部屋へ戻る

SSのトップへ