1/21

 

4時間目の授業を終えて、恭也は薔薇の館にいた。

 

ここ数日で習慣となった薔薇の館での昼食で、いつもは聖と一緒に行くのだが、今日は聖が途中で下の学年の生徒を見かけてそちらへ行ってしまったため、一人で向かっている。

 

歩くたびにギシギシ音を立てる階段を昇ってビスケット扉を開けると、そこには既に志摩子がいた。

 

恭也が一人できたことに、ほっとした志摩子は、鞄から一つの包みを取り出した。

 

「お口に合うかわからないですがどうぞ」

 

と、お弁当を恭也に渡した。恭也は受け取ると、ありがとう、とお礼を言って席についた。

 

「飲み物は何がいいですか?」

 

「えっと、緑茶はあるかな?」

 

「ありますよ。・・・ふふふ」

 

志摩子は、恭也の言葉を聞いて笑いながら答えた。

 

「志摩子さん、俺なんかおかしなこと言ったかな?」

 

「いえ、恭也さんのイメージ通りだな、と思ったんです」

 

志摩子さんはニコニコして急須と湯のみを用意する。すごく手際がいい。

 

「志摩子さん、もしかしてお茶をよく飲むのか?」

 

「ええ、私の家ではよく日本茶を飲むんです・・・あっ!?紅茶もよく飲みますよ・・・?」

 

途中、慌てて訂正した志摩子に恭也は一瞬疑問に思うのだが、

 

かつて自分の母に「あんた、縁側でお茶すすってるの・・・おじいちゃんみたいよ」といわれた記憶を

 

思い出し、そういうことかと納得した。それを見てほっとした志摩子に気が付くことなく・・・。

 

ほどなくして、湯のみにお茶が注がれ、志摩子も恭也の隣に座って自分のお弁当を用意する。

 

恭也も受け取ったお弁当を開けて、志摩子が用意したのを確認し、いただきます、と

 

声をそろえて食べ始める。

 

お弁当は煮物や和え物など、恭也の好物で占められていた。

 

昨日、すきな食べ物を恭也に聞いてそれにあわせて作ったのだ。

 

煮物は味がしっかりと染み込んでいる。

 

家で晶がよく煮物を作るのだが、それに匹敵するか、それ以上においしいと思った。

 

志摩子は、じっと恭也を見ている。

 

恭也もそれに気がついて「すごくおいしいですよ」と答えると、志摩子はうれしそうに微笑んだ。

 

志摩子も自分のお弁当を食べながら、いつもよりお弁当がおいしく感じるのだった。

 

 

 

 

その直後、階段を昇る音が複数聞こえてきた。みんなが来たのだろう。

 

ドアが開いて、山百合メンバーと赤星、藤代が入ろうとしたが・・・

 

「やっほー、ごきげ・・・・・・、志摩子・・・もしかしてお邪魔だった?」

 

勢いよくドアを開けて入ってこようとした聖が、恭也と志摩子を見てニヤっとしてそういった。

 

「お、お姉さま!」

 

志摩子は目に見えて慌て始める。普段おっとりしている志摩子が慌てることは、

 

逆に明らかに意識しています、とわざわざ墓穴を掘っているようなものだった。

 

「聖・・・とりあえず中に入ってくれない?そこにいると私たち入れないんだけど」

 

蓉子にあっさり流されて、ぶーぶーいいつつも、恭也の隣に座る。

 

由乃と祐巳がお茶を用意して、みんながお昼を食べ始めると

 

「あれ・・・、恭也さんのお弁当箱、志摩子さんが使ってたのと同じですね」

 

祐巳が、恭也のお弁当箱を見てぽつりと言った。

 

その言葉に聖が恭也の弁当箱を見て、そして2人のおかずを見比べて

 

「志摩子、恭也くんにお弁当作ったんだ・・・やるね〜」

 

「ええ、一人暮らしで栄養が偏っているのを心配して用意してくれたんですよ。」

 

 

 

一瞬空気が凍ったあと、おもむろに祐巳が

 

「・・・恭也さんって・・・もしかして鈍いって言われたことないですか?」

 

赤星と藤代が、風校時代何度も耳にした質問に深く頷こうとしたそのとき

 

「・・・ぷっ・・・くくく・・・はっはっは、もう駄目。最高だよ祐巳ちゃん!」

 

聖は祐巳の言葉にお腹を抱え、涙まで流して大笑いした。

 

祐巳は、とりあえず自分がからかわれているのを認識すると膨れた顔で

 

「白薔薇さまっ!なんで笑うんですかっっ!!」

 

「いやー、ごめんごめん祐巳ちゃん。だって、祐巳ちゃんがそれを言うとは思わなくって・・・くくく」

 

まだ笑いが収まらない聖を見て、由乃も

 

「あー、確かにそうよね。祐巳さんに言われちゃね・・・」

 

「そ、そんな〜、由乃さんまで〜」

 

祐巳が親友のはずである由乃の裏切りにしょんぼりしていると

 

「そうだな・・・クラスの友人、家族みんなに言われるな。なんでわかったんだ?」

 

心底不思議そうな顔をして疑問を投げる恭也に対して一同は

 

(・・・祐巳(さん)(ちゃん)より鈍い人がいるなんて)

 

そう思わざるを得ないのだった。

 

 

 

「それにしても恭也さん、湯のみが似合いますね」

 

「あ、蓉子もそう思ったんだ?祥子の紅茶に匹敵するくらい絵になってますね」

 

「そうだね〜。恭也くんってなんか日本人の象徴みたいな人だよね〜。」

 

蓉子、江利子、聖が口々に言う中、赤星が

 

「あー、こいつは昔からいる日本人の代表みたいな性格してるよな」

 

「そうか?」

 

恭也が問い返すと、赤星はうなづいて

 

「桃子さんがこの前『恭也は枯れてるのよね・・・』ってため息を吐いて言ってたがな」

 

「む・・・」

 

恭也がそう言っている母の姿を想像して、顔を少し顰めていると

 

「あの・・・桃子さんって?」

 

志摩子が少し聞きづらそうに質問すると

 

「ああ、俺のかーさんの名前だ」

 

「兄弟っていらっしゃるんですか?」

 

恭也の答えに、今度は由乃が質問する。

 

「うちは、母、妹2人、叔母、姉のような人が1人と妹のような人が2人いる」

 

「・・・ような、っていうのは?」

 

令の質問にああ、といって

 

「うちは昔から家族ぐるみで付き合いのある人の娘がそのまま滞在していたり居候していたりするから、家族同然のような感じなんですよ」

 

それだと、かなり大変じゃないか、というみんなの言葉に

 

「あー、うちは母が経営している店があって、そこが人気の店らしいんですよ。

それと、姉的存在がウェイトレスをやってるから人件費も掛からないですし」

 

「それは一度行ってみたいですわね、白薔薇様」

 

蓉子が意味ありげに聖に振ると、聖は立ち上がって

 

「そうね〜。でも、せっかくなら・・・」

 

てくてく歩いて祐巳の後ろに回りこむと

 

「ゆ〜み〜ちゃん〜。今度おねーさんと一緒に行こうね〜」

 

「ぎゃうっ!」

 

そのままがばっと祐巳に抱きついた。

 

「祐巳ちゃん、その悲鳴怪獣の子供だってば〜」

 

そう言いながら、今度は祐巳の顔にほお擦りを始めた。

 

「・・・白薔薇さま!人の妹に抱きつくのはお辞めくださいっ!」

 

祥子の声が館中に響く・・・が、聖は全く聞いてないようで

 

「この抱きごこちがいいのよね〜。ほっぺたもやわらかい〜」

 

「ふえぇーーー」

 

聖のちょっと危なくなってきた発言に、祥子が立ち上がって

 

「抱きつくなら、ご自分の妹にしてください!!」

 

ヒステリックな声を上げると、聖は名残惜しそうに祐巳を離して

 

「祐巳ちゃんの抱きごこちは最高なんだけどな〜」

 

と言いながら志摩子の後ろにきて・・・

 

「恭也く〜ん、祥子に怒られた私を慰めて〜」

 

なんと、志摩子ではなく恭也に抱きついてきたのだった。

 

恭也は、抱きついてくる気配がわかったのだが、避けると聖が怪我をする可能性を考えてあえてされるがままにしていた。

 

「お、お姉さま!恭也さんが抱きつかれて困って・・・らっしゃ・・・る・・ので・・その・・・」

 

恭也が抱きつかれるのを見て、反射的に大声を出したのだが、途中から恥ずかしくなって

だんだん語尾が小さくなっていく。

 

「よよよ・・・祐巳ちゃんを祥子に取られた上に、恭也くんまで志摩子に奪われるなんて」

 

聖はわざとしなを作って泣きまねをする。

 

「聖さん・・・楽しいか?」

 

「うんっ、とっても!」

 

聖が笑顔で言うのに対し、恭也はため息が出てきた。

 

「なあ、赤星、藤代。ここにいないはずの忍がいるような気がするのは俺の気のせいか?」

 

「あー、高町君。いつも忍に後ろから抱きつかれてたよね」

 

「あ、馬鹿、藤代・・・」

 

藤代の失言に赤星が反応するが、もう遅い。

 

志摩子と聖の近くの気温が5℃ほど下がったような気がした。

 

「由紀ちゃ〜ん、『しのぶ』って・・・いったい誰のことだかお姉さん知りたいな〜」

 

聖の顔は笑っている。だが、さっきの笑顔とはまるで違う。ってか怖い。

 

志摩子は言葉にこそ出さないが、明らかに誰?といいたそうな顔をしている。

 

「忍は、俺たち3人と一緒に行動してたやつで事あるごとに俺をからかって遊んでたやつだ」

 

その言葉に続けて

 

「それに、他の連中と一緒にいるのを見たことないしな・・・。あいつだけじゃなく、うちの家族も俺のことを枯れていると言っておきながら俺と赤星以外の男と話している姿も見ないな・・・。みんなどこに出しても恥ずかしくない人間なのに・・・勿体無いと思わないか?赤星」

 

恭也が心底家族と忍を心配してため息を吐いた。

 

赤星は・・・号泣していた。言わずもがな、みんな恭也のことが好きなのだがその想いにまるで気が付かない、報われない想いに対しての涙だった。藤代が、すべてわかっている、という顔で赤星の肩に手を置いた。

 

反面、志摩子と聖は複雑な顔をし、令と由乃は藤代の行動に少々ご機嫌斜めの様子。

 

祥子は乾いた笑みを浮かべ、祐巳は恭也の言葉に納得していた。

 

そんなそれぞれの姿を見て、蓉子と江利子は

 

「楽しくなりそうですわね、紅薔薇様」

 

「ええ、少なくとも退屈はしないけど・・・少し気が重いわ」

 

楽しそうにほほえむ江利子に対し、蓉子はこれから先のことを思うと頭が痛かった。

 

 




白熱していく中、ただ二人冷静に状況を見ている。
美姫 「うんうん。こういうのは、外から見てた方が楽しいものよね〜」
果たして、恭也の鈍感は何処まで発揮されるのか?
美姫 「そして、マリみてとのクロスでは珍しい赤星の留学」
そう、赤星の鈍感はどの程度なのか。
美姫 「これも楽しみの一つよね〜」
うんうん。後は、藤代がどう動くかだな。
美姫 「お姉さま〜♪ とか?」
ああ、それも面白そうだな。
美姫 「それじゃあ、また次回で〜」
楽しみだな〜。



頂きものの部屋へ戻る

SSのトップへ